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月が降り立つ
第14話 秘密の温泉と正しい判断
しおりを挟む第14話 秘密の温泉と正しい判断
三日が過ぎ、ルナは少しずつ旅の生活に慣れてきていたが、心にはどこかぽっかりと穴が空いたような気分が続いていた。思い出してしまうのは宮殿での穏やかな日々や、カリュゥム様の温かい眼差し、献身的に世話を焼いてくれたアィの存在だった。懐かしさが胸を締めつける。
ある町を出ようとしたとき、門の前にいつもとは違う関所が設けられているのを見つけた。どうして今日はこうなっているのだろうか?
「どうしました?」
隣にいた布商人の青年が門番に尋ねると、門番は緊張した面持ちで答えた。
「ああ、指名手配みたいなもんでね。黒髪黒い目、白い肌の女を王様が探しているんだ。…ん?そちらの女は?」
門番がじっと私を見つめる。胸が凍りつくような恐怖が広がるが、隣の青年がすかさず機転を利かせて答えてくれた。
「ああ、彼女は王宮からの使者で、ウーァランデルドまで送るんです」
「そうか。じゃあ気をつけて行くんだな」
私は堂々と目を閉じ、寝ているふりを続けた。内心で安堵の息をつくと、心地よい揺れに身を任せるうちにいつしか眠りについていた。
「リュィナ様、本日はどうなさいますか?」
「リュィナ、体調が悪いのですか?」
「リュィナ様、お風邪ですか?お休みください!」
「リュィナ!俺のリュィナ!」
夢の中で宮殿の記憶が浮かび上がる。ふと目を開けると、カリュゥム様が目の前にいるような気がして、一瞬怖くなったが、実際にいたのは心配そうに見つめる布商人の青年だった。
「アィちゃん。ここで一度仕事があるから、二日ほど滞在する予定なんだ。この町には温泉もあれば、美しいオアシスもあるらしいよ。それに、ほらあれ!カリュゥム様の保養所も見えるだろ?」
彼が指差した先に、どこか宮殿を思い出させるような立派な建物が見え、胸がきゅっと締めつけられる感覚に襲われた。
「最近治安も良くないから、僕が案内するよ。今日は夜が仕事だけど、一緒に来る?それとも宿で休んでる?」
「あなたの仕事の様子を見てみたいから、一緒に行ってもいいかな?」
「よし、決まりだね!じゃあ、まずは宿に車を置いてから、バザールに行こう!」
町に入ると、早速賑やかなバザールが広がっていた。宿に荷物を置くと、彼は私をあちこち案内してくれて、その明るい態度に自然と笑みがこぼれる。
「ここではチュイの塩焼きが名物なんだ。食べる部分は少ないけど、しゃぶって味を楽しむのが通なんだよ」
「へえ、そんなの初めて聞いた!ちょっと食べてみたいかも」
彼が屋台でチュイの塩焼きを買ってくれ、私が代金を出そうとすると、彼は照れくさそうに首を振った。
「これは僕からのプレゼントだから!」
少し赤らんだ彼の頬に、心が和んでいくのを感じた。
色々な店を巡っているうちに夜が近づき、彼の仕事の時間になった。私は後ろで見守りながら、商人たちの取引の様子を観察する。
「さあ、今回は20個だから、これで合計…62000パレだよ」
取引相手が曖昧に答えるのを聞き、ルナは眉をひそめた。自分でも数えられる数字だ。正確には72000パレのはずだと気づき、思わず口を挟んでしまった。
「ちょっと待ってください。それ、合ってますか?」
静かに言ったつもりだったが、場が急に張り詰め、相手の商人が険しい目でルナを睨んできた。
「…なに?お前、口出しするつもりか」
彼はそのまま代金を少なくしようとしたが、ルナが冷静に指摘を続けると、ため息をつきながらしぶしぶ正しい金額を渡してきた。
その後、布商人の青年は小さく頭を下げて微笑んだ。
「アィちゃん、本当にありがとう。君のおかげで助かったよ」
「いえ、私も楽しかったです」
彼の笑顔を見ていると、少しだけ宮殿での記憶も和らいだ気がした。
「そうだ、最後に寄りたい場所があるんだ。実は、ここには商人だけが知ってる秘密の温泉があるんだよ」
彼に案内され、誰もいない静かな温泉にたどり着くと、心が自然と弾んだ。
「ここ、あっち側が女性エリアだから、ゆっくりしてきて」
「ありがとう」
泥で覆った肌や髪を丁寧に洗い落とし、温泉にゆっくりと身を沈めると、全身が解放されていく。ふいに口を開き、懐かしい日本の歌が自然に湧き上がった。
すると、背後から気配を感じて振り返ると、口を開けて立ち尽くす青年がいた。
「アィさん…タオルを持ってきたんだけど……え?」
その驚きの表情に、胸が刺されるような衝撃が走った。
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