言ノ葉ノ彼方

夜明けのハリネズミ

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森の残響

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ある王国には、誰も近づいてはならないと伝えられている「忘れられた森」があった。
長い年月の間、人々はその森に足を踏み入れることを恐れていた。
伝説では、その森には「森の主」と呼ばれる強大な植物が住んでおり、一度森に足を踏み入れた者は、二度と戻ってこないと言われていた。

王国の若き王子アレンは、その伝説に興味を抱くことなく、国の発展を第一に考えていた。
彼は勇敢で、何事にも立ち向かう精神を持ち、国民からの信頼も厚かった。
しかし、王子はある日、夢の中で不思議な声を聞いた。
それは、かすれた少女の声で、「助けて……」と囁くように語りかけてくる。

王子は何度もその声を聞き続け、ついにはその声の源を探す決心をした。
彼の直感は、その声が「忘れられた森」から来ていることを示していた。
王子は忠告を無視し、剣を携え、たった一人で森へと向かった。



忘れられた森に足を踏み入れた瞬間、王子は異様な静けさを感じた。
風が吹き抜ける音も、鳥たちのさえずりも、まるでこの場所だけが時を止められているかのように感じられた。
森の奥深くへ進むにつれ、木々の茂みが異様に生い茂り、道は次第にわからなくなっていく。
しかし、王子は夢の中で聞いた少女の声を追い続け、立ち止まることはなかった。

やがて、王子は森の中心に辿り着いた。
そこには、他とは異なる奇妙な光景が広がっていた。
緑の植物に覆われた台座の上に、ひとりの少女が囚われていたのだ。
彼女は美しい顔立ちをしていたが、その体は蔓草に絡みつかれ、まるで植物に生気を吸い取られているかのようだった。
少女の長い髪は地面に流れ、蔦と一体化しているように見える。
彼女の目は閉じられていたが、かすかに唇が震え、「助けて……」と囁いていた。

「君が、夢の中で呼びかけていたのか?」

王子は驚きながらも、少女に声をかけた。
少女は微かにうなずき、力なく目を開いた。
彼女の目は涙に濡れ、儚い光を帯びていた。

「お願い……助けて……この森の呪いに囚われて、もう何年もここから出られないの……」

少女の声は切なく、王子の胸に深い悲しみを呼び起こした。



王子は剣を抜き、少女を覆う蔦を切り払おうとした。
しかし、剣が蔦に触れた瞬間、少女は痛みに顔を歪め、体を硬直させた。

「やめて……!触らないで……苦しい……」

少女は苦しそうに叫んだ。

王子は驚き、剣を止めた。

「どうして?君を救うためにこの蔦を切らなければならないのに……」

少女は涙を流しながら、弱々しく語った。

「この森は私を囚えているだけじゃない……私の命は、この蔦と結ばれているの。切り離されると、私も消えてしまう……でも、このままでは生きているとは言えないの……」

その言葉に、王子は愕然とした。
彼は彼女を救いたいという一心でここに来たが、彼女を助ければ彼女は苦しみ、蔦を切れば命を失ってしまう。
どうすれば彼女を救うことができるのか、答えが見つからず、王子は立ち尽くした。

「君を助けたい……どうすれば、君を救える?」

王子は懇願するように問いかけた。

少女は静かに微笑んだ。
その笑顔には、深い悲しみが込められていた。

「ありがとう……でも、もう遅いの……私の体はこの森と一体になっている。私がここに囚われた時、森の主が私を呪いで縛りつけたの。私を救えるのは、死だけ……」



王子は決して諦めなかった。
彼は何度も、蔦をゆっくりと外そうと試みたが、少女はそのたびに苦しみ、体を震わせた。
彼の心は次第に絶望に沈んでいった。

「君の命を奪いたくない……けれど、このまま君を苦しめ続けることもできない……」

王子は涙をこらえながら言った。

少女は王子の手を取り、静かに微笑んだ。

「お願い……もう苦しまないで。私は……自由になりたいの……ただ、一度だけ、自由になって……空気を吸いたい……」

その言葉を聞いた王子は、決心した。
彼は剣を振り上げ、一気に蔦を断ち切った。
蔦が切れた瞬間、森がざわめき、風が激しく吹き荒れた。
まるで森全体が嘆いているかのようだった。
植物は音を立てて崩れ、少女は王子の腕の中に倒れ込んだ。

彼女の顔は穏やかで、苦しんでいるようには見えなかった。
王子はそっと彼女の頬に触れたが、その温もりは次第に冷たくなっていくのを感じた。

「ありがとう……自由に……なれたわ……」

少女はかすれた声で言い、王子の腕の中で息を引き取った。



少女が命を引き取ると同時に、森は静けさを取り戻した。
かつて彼女を縛りつけていた蔦は枯れ果て、風が森全体に穏やかに吹き抜けていく。
王子は少女の冷たい体を抱きしめ、動かぬ彼女を見つめながら涙を流した。

「君を救えなかった……」

王子は声を震わせた。
彼は彼女を救いたかった。
だが、彼の手で救い出せたものは、彼女の命ではなく、儚い自由だった。

森の中で一人、王子は静かに少女を埋葬し、その場を後にした。
しかし、彼の心に残ったのは、助けられなかった少女への後悔と哀しみだけだった。
王子はその後も、彼女のことを忘れることはなく、森の中で眠る彼女の存在を思い続けた。



長い年月が過ぎ、忘れられた森は再び静寂を取り戻した。
王子が去ってから、誰も森へ近づく者はいなかった。
だが、風が吹くたびに、森の中で少女のかすかな囁きが聞こえることがあるという。

それは、彼女が最後に手に入れた「自由」という名の儚い命の残響かもしれない。

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