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今を刻む
しおりを挟む私は「時」を司る精霊。
形はない。
存在も、ただ時間そのもの。
人々には私を見つけることはできない。
けれど、私はいつも彼らの側にいる。
世界中のあらゆる場所で、時が狂わないように、そっと時を調整している。
私の役目は、世界の均衡を守ることだ。
この小さな町にある古い時計店にも、私が訪れる理由がある。
この店には一人の老いた時計職人が住んでいる。
彼の名前は誰も知らない。
町の人々も、彼の店に足を運ぶことは少ない。
それでも、彼は毎日、黙々と時計を修理している。
店内には、さまざまな時計が壁にかけられており、古びた振り子時計が店の奥でゆっくりと時間を刻む。
カウンターには懐中時計がいくつも並び、そのいくつかはもう動いていない。
彼の手はしわで覆われていて、かつてはもっと力強く動いていたはずのその指も、今では震えている。
彼の仕事には、時計への深い愛情が込められていることがわかる。
私はいつもその姿を見守っている。
時計を修理するその瞬間にも、時の精霊である私が彼の背後でそっと時を整えていることに、彼は気づかない。
彼の手が、微かな誤差を直そうとするたび、私はその誤差をさらに微細に調整し、時計に「正しい時間」を与える。
時計職人はそのズレを自分の努力で修正したと思っているが、実際には私はずっと彼を助けてきた。
この時計職人が、この店で何十年もの時を過ごしてきたことを、私は知っている。
彼が若かった頃、初めて手にした懐中時計のことを今でも覚えている。
その時計は、彼が若かりし頃に大切な人から贈られたもので、今でも彼の机の引き出しに大切にしまわれている。
彼はよく、その懐中時計を手に取り、思い出にふけるように長い間じっと見つめている。
それは、彼がまだ若く、時間に縛られることなく生きていた頃の唯一の証だ。
懐中時計に刻まれた「愛の記憶」は、彼にとって大切な過去の一部であり、今でも彼の心に深く根付いている。
ある日のこと、いつもと同じように時計職人が作業台に座り、古い掛け時計を修理していた。
その日は珍しく、町の住人が一人訪れ、修理を依頼したのだ。
彼はその時計を手に取り、しばらく考え込んでいた。
その時計は壊れていたが、時を感じさせるかのような独特の雰囲気を持っていた。
「この時計……かなり古いものだな」
時計職人はつぶやいた。
私は彼の横で、時計をじっと見つめた。
確かにその時計は、時を感じさせる特別な力を持っていた。
私はその時計に触れ、時の流れを感じ取った。
時計職人がその時計に手をかけた瞬間、私は静かに時を調整し、壊れた時間を元に戻した。
彼が時計の針を動かし、細かな歯車を調整している間、私は一緒に時を織り上げた。
「直った……」
彼は安堵の表情を浮かべた。
だが、彼は気づいていない。
私が彼を助け、時計の内部に正しい時間を刻み込んだことを。
私はいつもそうして彼を支えている。
彼が時間の狂いを直すたびに、私はその時間をほんの少しずつ整え、世界の調和を保っているのだ。
時は流れ続ける。
私は時計職人の側にずっといるが、彼もまた、歳を重ねていく。
彼の手は以前にも増して震え、目もかすんでいるようだ。
それでも彼は時計を修理し続ける。
彼にとって、時計を修理することは自分の人生そのものだから。
ある日、彼はとうとう懐中時計を手に取り、長い間それを見つめた。
そして静かに語りかけるように、つぶやいた。
「この時計は、私の人生を見守ってきたものだ……だが、もう長くはないな。」
その言葉を聞いた私は、心が少し締め付けられるような感覚を覚えた。
彼が私の存在に気づいていないことを知っていたが、それでも彼の言葉は、まるで私に語りかけているように感じられた。
その夜、時計職人は最後の仕事を終え、机に座ったまま静かに息を引き取った。
彼の最後の瞬間を、私はそっと見守っていた。
彼が逝った後、懐中時計が止まった。
その時、店全体がまるで時間を忘れたかのように静まり返った。
私は店中の時計に触れ、一つ一つの時間を整えた。
それは、彼への最後の別れの贈り物。
彼が長い間守り続けた時間は、今もなお、この店で静かに動き続けている。
彼が逝ってしまった後も、私は彼の作った時計を見守り続ける。
それは彼の残した時間そのもの。
彼の手から生まれた時計たちは、今もなお正しい時を刻んでいる。
彼の魂はその中に宿り続け、彼が見守ってきた時間と共に生きているのだ。
私はこれからも、世界の時を見守り続ける。
そして、彼の時計と共に、彼の記憶もまた、時と共に生き続けるだろう。
時計職人と時の精霊の物語は、終わりのない時間の流れの中で、静かに続いていく。
彼の存在は消え去ったが、彼が残した時間は、ずっとこの世界で生き続ける。
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