8 / 18
最後のコトノハ
しおりを挟むシルヴァ村は、古くから詩人たちが集まる場所として知られていた。
豊かな自然と、穏やかな人々の暮らしが、詩を紡ぐために理想的な環境を提供していたのだ。
村の中心には大きな広場があり、そこでは毎年春になると詩の朗読会が開かれ、多くの詩人や村人が集まり、互いに言葉の美しさを分かち合っていた。
その村で一番有名だったのが、老詩人エイリンだった。
彼は長年、詩を紡ぎ続け、その言葉で村人たちを癒し、勇気づけていた。
エイリンの詩は単なる言葉の羅列ではなかった。
それは、人々の心の奥に深く響き渡り、心の中で温かな火を灯すような力を持っていた。
彼の詩は、村を越えて他の町や都市にも届き、多くの人々から尊敬されていた。
しかし、エイリンが年を重ねるにつれ、次第にその力が衰えてきた。
かつて泉のように溢れ出していた言葉たちは、今では紙の上で詰まり、途切れ途切れになってしまっていた。
手が震え、思考がまとまらず、何を言いたいのかさえ分からなくなることが多くなっていた。
彼は言葉を失いつつあった。
「もう、私は詩を紡ぐことができないのだろうか?」
エイリンはそう自問自答する日々を過ごしていた。
彼の家は小さな丘の上にあり、そこからは村全体と、その先に広がる森や川が一望できた。
かつてはこの風景を見ながら多くの詩を書いてきたが、今ではその美しさすらも言葉に変えることができなくなっていた。
村人たちはそんなエイリンの変化に気づいていたが、誰も彼を責めることはなかった。
それどころか、彼に詩を書かせることを遠慮し始めた。
村の人々は彼を大切に思っていたし、無理をして詩を紡ぐ姿を見たくなかったからだ。
エイリンもまた、自分が期待に応えられなくなったことを痛感し、次第に家に引きこもるようになった。
ある日、エイリンのもとに一通の手紙が届いた。
見知らぬ送り主からだったが、彼は封を開け、ゆっくりと手紙を読み始めた。
「エイリン様、あなたの詩に救われた者です。私は都会で働いていましたが、毎日が苦しく、心が折れそうになることばかりでした。そんな時、ふとあなたの詩に出会い、その言葉が私を支えてくれました。あなたの詩は、私に生きる希望を与えてくれたのです。今でも、あなたの詩が私の心の中で響き続けています。ありがとうございます。」
送り主の名前はリーナ。
かつて村を訪れたことがあり、その時にエイリンの詩に触れたという内容だった。
手紙には、彼女がその後どれほど大変な日々を送っていたか、そしてそのたびにエイリンの詩が彼女を支えてくれたことが詳細に書かれていた。
エイリンは手紙を読み終えると、しばらくの間、窓の外の景色を眺めた。
手紙の内容が彼の心に深く響いていた。
自分の言葉が、遠く離れた場所で、彼の知らない誰かの心に届き、そしてその人の人生を支え続けていたこと。
それは彼にとって驚くべき発見だった。
「私の詩は、彼方で生き続けている」
エイリンはそのことに気づき、胸の奥で何かが温かく広がるのを感じた。
言葉を紡ぐことができなくなったと思っていたのは、自分の中の一時的な迷いだったのかもしれない。
自分が失ってしまったと思っていた言葉は、実際には決して消えていなかったのだ。
久しぶりにエイリンは筆を取り、机に向かった。
手はまだ少し震えていたが、それでも筆を紙に置くと、心の中から静かに言葉が流れ出してきた。
「言の葉は、彼方へと旅立つ。見えぬ場所で誰かの心を癒し、支える。私はここにいるが、私の言葉は彼方で生き続ける」
彼の手は徐々に安定し、筆が滑らかに紙の上を動き始めた。言葉が再び湧き上がり、詩が形を成していく。
エイリンは筆を走らせながら、胸の中に生まれた確信を感じていた。
自分の言葉は、どんなに遠く離れた場所でも、人々の心に届いている。
そして、それが誰かの心に深く根を張り、希望や癒しを与えているのだ。
それ以来、エイリンは再び詩を紡ぐようになった。
彼の詩は以前のように村の人々に愛され、再び依頼が増えていった。
彼の言葉は村を超えて、広く知られるようになり、都会に住む多くの人々が彼の詩を求めてやってくるようになった。
エイリンの詩は、彼方の誰かに届き、その人々の心を温め続けていた。
やがてエイリンは年老いて、旅に出ることもできなくなったが、その言葉は彼のもとを離れ、彼方で生き続けていた。
詩を受け取った人々は感謝の手紙を送り続け、その言葉がどれほど自分たちにとって大切かを語った。
エイリンはその手紙を一つ一つ丁寧に読みながら、彼の詩が生き続けていることを実感し、満ち足りた気持ちで日々を過ごした。
ある静かな夜、エイリンはベッドに横たわり、外の月を見上げていた。
風が窓の外で静かに揺れ、彼はかすかに微笑んだ。
「私の言葉は、彼方で生き続ける」
エイリンはそう呟き、穏やかな眠りについた。
エイリンがこの世を去った後も、彼の詩は人々の心に深く刻まれ、村や遠く離れた都会でも語り継がれた。
彼の言葉は、彼方の誰かに届き続け、永遠にその心を支え続けるだろう。
それは、言葉の持つ力と、それを紡いだエイリンの心が、決して消えることのないものであったことを示していた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。
かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
「魔物肉は食べられますか?」異世界リタイアは神様のお情けです。勝手に召喚され馬鹿にされて追放されたのでスローライフを無双する。
太も歩けば右から落ちる(仮)
ファンタジー
その日、和泉春人は、現実世界で早期リタイアを達成した。しかし、八百屋の店内で勇者召喚の儀式に巻き込まれ異世界に転移させられてしまう。
鑑定により、春人は魔法属性が無で称号が無職だと判明し、勇者としての才能も全てが快適な生活に関わるものだった。「お前の生活特化笑える。これは勇者の召喚なんだぞっ。」最弱のステータスやスキルを、勇者達や召喚した国の重鎮達に笑われる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴォ
春人は勝手に召喚されながら、軽蔑されるという理不尽に怒り、王に暴言を吐き国から追放された。異世界に嫌気がさした春人は魔王を倒さずスローライフや異世界グルメを満喫する事になる。
一方、乙女ゲームの世界では、皇后陛下が魔女だという噂により、同じ派閥にいる悪役令嬢グレース レガリオが婚約を破棄された。
華麗なる10人の王子達との甘くて危険な生活を悪役令嬢としてヒロインに奪わせない。
※春人が神様から貰った才能は特別なものです。現実世界で達成した早期リタイアを異世界で出来るように考えてあります。
春人の天賦の才
料理 節約 豊穣 遊戯 素材 生活
春人の初期スキル
【 全言語理解 】 【 料理 】 【 節約 】【 豊穣 】【 遊戯化 】【 マテリア化 】 【 快適生活スキル獲得 】
ストーリーが進み、春人が獲得するスキルなど
【 剥ぎ取り職人 】【 剣技 】【 冒険 】【 遊戯化 】【 マテリア化 】【 快適生活獲得 】 【 浄化 】【 鑑定 】【 無の境地 】【 瀕死回復Ⅰ 】【 体神 】【 堅神 】【 神心 】【 神威魔法獲得 】【 回路Ⅰ 】【 自動発動 】【 薬剤調合 】【 転職 】【 罠作成 】【 拠点登録 】【 帰還 】 【 美味しくな~れ 】【 割引チケット 】【 野菜の種 】【 アイテムボックス 】【 キャンセル 】【 防御結界 】【 応急処置 】【 完全修繕 】【 安眠 】【 無菌領域 】【 SP消費カット 】【 被ダメージカット 】
≪ 生成・製造スキル ≫
【 風呂トイレ生成 】【 調味料生成 】【 道具生成 】【 調理器具生成 】【 住居生成 】【 遊具生成 】【 テイルム製造 】【 アルモル製造 】【 ツール製造 】【 食品加工 】
≪ 召喚スキル ≫
【 使用人召喚 】【 蒐集家召喚 】【 スマホ召喚 】【 遊戯ガチャ召喚 】
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
~前世の知識を持つ少女、サーラの料理譚~
あおいろ
ファンタジー
その少女の名前はサーラ。前世の記憶を持っている。
今から百年近くも昔の事だ。家族の様に親しい使用人達や子供達との、楽しい日々と美味しい料理の思い出だった。
月日は遥か遠く流れて過ぎさり、ー
現代も果てない困難が待ち受けるものの、ー
彼らの思い出の続きは、人知れずに紡がれていく。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
自衛官、異世界に墜落する
フレカレディカ
ファンタジー
ある日、航空自衛隊特殊任務部隊所属の元陸上自衛隊特殊作戦部隊所属の『暁神楽(あかつきかぐら)』が、乗っていた輸送機にどこからか飛んできたミサイルが当たり墜落してしまった。だが、墜落した先は異世界だった!暁はそこから新しくできた仲間と共に生活していくこととなった・・・
現代軍隊×異世界ファンタジー!!!
※この作品は、長年デスクワークの私が現役の頃の記憶をひねり、思い出して趣味で制作しております。至らない点などがございましたら、教えて頂ければ嬉しいです。
♡してLv.Up【MR無責任種付おじさん】の加護を授かった僕は実家を追放されて無双する!戻ってこいと言われてももう遅い!
黒須
ファンタジー
これは真面目な物語です。
この世界の人間は十二歳になると誰もが天より加護を授かる。加護には様々なクラスやレアリティがあり、どの加護が発現するかは〈加護の儀〉という儀式を受けてみなければわからない。
リンダナ侯爵家嫡男の主人公も十二歳になり〈加護の儀〉を受ける。
そこで授かったのは【MR無責任種付おじさん】という加護だった。
加護のせいで実家を追放された主人公は、デーモンの加護を持つ少女と二人で冒険者になり、金を貯めて風俗店に通う日々をおくる。
そんなある日、勇者が魔王討伐に失敗する。
追い込まれた魔王は全世界に向けて最悪の大呪魔法(だいじゅまほう)ED(イーディー)を放った。
そして人類は子孫を残せなくなる。
あの男以外は!
これは【MR無責任種付おじさん】という加護を授かった男が世界を救う物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる