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最後のコトノハ
しおりを挟むシルヴァ村は、古くから詩人たちが集まる場所として知られていた。
豊かな自然と、穏やかな人々の暮らしが、詩を紡ぐために理想的な環境を提供していたのだ。
村の中心には大きな広場があり、そこでは毎年春になると詩の朗読会が開かれ、多くの詩人や村人が集まり、互いに言葉の美しさを分かち合っていた。
その村で一番有名だったのが、老詩人エイリンだった。
彼は長年、詩を紡ぎ続け、その言葉で村人たちを癒し、勇気づけていた。
エイリンの詩は単なる言葉の羅列ではなかった。
それは、人々の心の奥に深く響き渡り、心の中で温かな火を灯すような力を持っていた。
彼の詩は、村を越えて他の町や都市にも届き、多くの人々から尊敬されていた。
しかし、エイリンが年を重ねるにつれ、次第にその力が衰えてきた。
かつて泉のように溢れ出していた言葉たちは、今では紙の上で詰まり、途切れ途切れになってしまっていた。
手が震え、思考がまとまらず、何を言いたいのかさえ分からなくなることが多くなっていた。
彼は言葉を失いつつあった。
「もう、私は詩を紡ぐことができないのだろうか?」
エイリンはそう自問自答する日々を過ごしていた。
彼の家は小さな丘の上にあり、そこからは村全体と、その先に広がる森や川が一望できた。
かつてはこの風景を見ながら多くの詩を書いてきたが、今ではその美しさすらも言葉に変えることができなくなっていた。
村人たちはそんなエイリンの変化に気づいていたが、誰も彼を責めることはなかった。
それどころか、彼に詩を書かせることを遠慮し始めた。
村の人々は彼を大切に思っていたし、無理をして詩を紡ぐ姿を見たくなかったからだ。
エイリンもまた、自分が期待に応えられなくなったことを痛感し、次第に家に引きこもるようになった。
ある日、エイリンのもとに一通の手紙が届いた。
見知らぬ送り主からだったが、彼は封を開け、ゆっくりと手紙を読み始めた。
「エイリン様、あなたの詩に救われた者です。私は都会で働いていましたが、毎日が苦しく、心が折れそうになることばかりでした。そんな時、ふとあなたの詩に出会い、その言葉が私を支えてくれました。あなたの詩は、私に生きる希望を与えてくれたのです。今でも、あなたの詩が私の心の中で響き続けています。ありがとうございます。」
送り主の名前はリーナ。
かつて村を訪れたことがあり、その時にエイリンの詩に触れたという内容だった。
手紙には、彼女がその後どれほど大変な日々を送っていたか、そしてそのたびにエイリンの詩が彼女を支えてくれたことが詳細に書かれていた。
エイリンは手紙を読み終えると、しばらくの間、窓の外の景色を眺めた。
手紙の内容が彼の心に深く響いていた。
自分の言葉が、遠く離れた場所で、彼の知らない誰かの心に届き、そしてその人の人生を支え続けていたこと。
それは彼にとって驚くべき発見だった。
「私の詩は、彼方で生き続けている」
エイリンはそのことに気づき、胸の奥で何かが温かく広がるのを感じた。
言葉を紡ぐことができなくなったと思っていたのは、自分の中の一時的な迷いだったのかもしれない。
自分が失ってしまったと思っていた言葉は、実際には決して消えていなかったのだ。
久しぶりにエイリンは筆を取り、机に向かった。
手はまだ少し震えていたが、それでも筆を紙に置くと、心の中から静かに言葉が流れ出してきた。
「言の葉は、彼方へと旅立つ。見えぬ場所で誰かの心を癒し、支える。私はここにいるが、私の言葉は彼方で生き続ける」
彼の手は徐々に安定し、筆が滑らかに紙の上を動き始めた。言葉が再び湧き上がり、詩が形を成していく。
エイリンは筆を走らせながら、胸の中に生まれた確信を感じていた。
自分の言葉は、どんなに遠く離れた場所でも、人々の心に届いている。
そして、それが誰かの心に深く根を張り、希望や癒しを与えているのだ。
それ以来、エイリンは再び詩を紡ぐようになった。
彼の詩は以前のように村の人々に愛され、再び依頼が増えていった。
彼の言葉は村を超えて、広く知られるようになり、都会に住む多くの人々が彼の詩を求めてやってくるようになった。
エイリンの詩は、彼方の誰かに届き、その人々の心を温め続けていた。
やがてエイリンは年老いて、旅に出ることもできなくなったが、その言葉は彼のもとを離れ、彼方で生き続けていた。
詩を受け取った人々は感謝の手紙を送り続け、その言葉がどれほど自分たちにとって大切かを語った。
エイリンはその手紙を一つ一つ丁寧に読みながら、彼の詩が生き続けていることを実感し、満ち足りた気持ちで日々を過ごした。
ある静かな夜、エイリンはベッドに横たわり、外の月を見上げていた。
風が窓の外で静かに揺れ、彼はかすかに微笑んだ。
「私の言葉は、彼方で生き続ける」
エイリンはそう呟き、穏やかな眠りについた。
エイリンがこの世を去った後も、彼の詩は人々の心に深く刻まれ、村や遠く離れた都会でも語り継がれた。
彼の言葉は、彼方の誰かに届き続け、永遠にその心を支え続けるだろう。
それは、言葉の持つ力と、それを紡いだエイリンの心が、決して消えることのないものであったことを示していた。
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