言ノ葉ノ彼方

夜明けのハリネズミ

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風と王子

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風の妖精、シルフィーナは、広大な空を自由自在に飛び回り、風と共にどこまでも行ける存在だった。
彼女にとって、時間も場所も意味を持たない。
風が吹けばそれに乗り、どんな場所にも行く。
風は決して彼女を縛らない。
そんな無限の自由の中で生きてきたシルフィーナにとって、縛られること、決められたことを守る生活など想像もつかないものだった。

ある日、シルフィーナは大きな城の上空をふわりと飛んでいた。
そこに立つ美しい城は、まるで大地の中に突き刺さるようにそびえていた。
城の周りには広大な庭園が広がり、整然と並んだ木々と花々が彼女の目を引いた。
しかし、何よりもシルフィーナの興味を引いたのは、その庭園の一角に立っていた一人の若者だった。

彼は王子だった。
誰もが羨むような裕福な国の王子であり、名も高貴であったが、その顔には笑顔がなく、どこか無表情に見えた。
シルフィーナは、彼が一人で立っているのを見て不思議に思い、彼の周りを静かに舞いながら観察することにした。

最初、彼が誰かを待っているのかと思ったが、次々と侍女や従者が彼に話しかけ、何かを指示して去っていくたび、彼はただ機械のように応じるだけだった。
少しも心から楽しそうには見えなかった。

「なんて窮屈な人間なんだろう…」

シルフィーナは風に乗りながら思った。
自由に生きる妖精にとって、彼のような生き方は信じられなかった。
彼の動きがすべて決められているかのようで、何をするにも自由がないように見えた。

シルフィーナは彼に興味を持ち、しばらく観察を続けることにした。
彼が朝早く起きてから、夜遅く眠りに就くまで、彼の生活は分刻みで決められていた。
朝は従者に起こされ、決まった時間に食事を摂り、決まった訓練をこなし、決まった時間に会議を行い、決められた服を着て、決められた言葉を発する。
彼が何かを自分の意志で選ぶことは、ほとんどなかった。

「これは…とても可哀想だわ。」

シルフィーナは風と共に囁いた。

ついに、シルフィーナは彼の前に現れることを決めた。
風が軽やかに庭を舞い、花びらが彼の足元に落ちる。
その瞬間、シルフィーナは姿を現した。
透き通るような翼を持ち、光のように輝く髪をなびかせて、彼の前にふわりと立った。

王子は一瞬驚いたように彼女を見つめたが、すぐにその顔を落ち着けた。

「あなた、風の精霊か…?いや、妖精なのか?」

王子は静かに尋ねた。

「そう、私は風の妖精、シルフィーナ。あなたをずっと見ていたわ。とても窮屈そうに見えるものだから。」

シルフィーナは彼に微笑んだ。

「ねえ、一緒に遊びに行かない?風のようにどこへでも行けるのよ。何も気にせずに、ただ自由に飛び回ってみたいとは思わない?」

シルフィーナの言葉は、彼の胸にどこか新しい感情を呼び覚ますかのように響いた。
しかし、王子はふっと微笑みを浮かべた後、静かに首を横に振った。

「僕は…僕の仕事をしないといけないんだ。毎日、何をするべきかが決まっている。国を治めるためには、それが必要なんだ。」

彼の声は穏やかだったが、その言葉にはどこか諦めのような響きがあった。

シルフィーナはその返答に驚いた。
彼の表情に、ほんの少しも遊び心や自由への渇望が見えなかったのだ。
彼はただ、やるべきことをやる、それが自分の生きる道だと信じていた。

「でも、それって本当に楽しいの?ずっと誰かに決められたことをして、何一つ自分の心で選べないなんて、そんなの私は信じられないわ。」

シルフィーナは不思議そうに彼に問いかけた。

「僕の生き方は、国のためだ。自分が楽しむためじゃないんだ。」

王子は静かに答えた。

シルフィーナはその言葉を理解するのが難しかった。
彼の目には自由への憧れはなく、ただ王子としての責務に従うのみ。
彼の心の中で、自由がどう位置付けられているのか、それを知りたくなった。

「なら…どうして、自由を求めないの?」

シルフィーナは真剣な表情で聞いた。

王子はしばらく考えた後、静かに答えた。

「自由というのは、責任から逃れることとは違う。僕は国と人々のためにここにいる。もし僕が自分のためだけに自由を求めたら、僕のやるべきことを誰が果たすんだ?」

彼の言葉は重く、シルフィーナにとってそれは全く別の世界の概念のように聞こえた。
彼は自由を求めない。
だが、それは彼自身の意思ではなく、彼の役割がそうさせているのだ。

シルフィーナはしばらく沈黙しながら、王子の心を理解しようとした。
しかし、どうしてもその感覚が自分にはわからなかった。
風の妖精にとっては、縛られることもなく、自由を手放す理由もない。
それが当たり前のように思えていたからだ。

「でも…少しだけでもいいから、風を感じてみてよ。あなたにだって、風に乗って自由に生きる瞬間があってもいいはずよ。」

シルフィーナはそう言って、手を差し伸べた。

王子はその手を見つめたが、すぐに穏やかに微笑み、首を横に振った。

「ありがとう、シルフィーナ。でも、僕は今のままでいいんだ。」



シルフィーナは王子の答えを受け入れながらも、彼の境遇に深い関心を持ち続けた。
彼の生き方は自分には到底理解できないものだったが、彼にとってはそれが唯一の選択だったのだ。
風のように自由に生きることができない王子と、縛られることなく空を舞うシルフィーナ。
彼らの対話は、これからも続いていくかもしれない。
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