上 下
58 / 68
オマケ

2.侍女は見ている~コルネリアの日記~ 後編

しおりを挟む
□月◇日
 姫様がとても恥ずかしそうに私にお礼を言ってくださった。少し俯いて指先で髪をいじりながら、「いつもありがとう」とおっしゃる様は後世にまで語り継ぎたい可憐さだ。
 確かに姫様の髪は少し癖毛で扱いが難しい。けれど、とてもきれいな色の黒髪だ。湿気の多い日は広がりやすいので、選りすぐった石鹸を使っている。王都にある店から取り寄せている物だが、丁寧に植物の種から抽出した油分と花の香料で作られている。洗うだけでするりとした指通りになるのと他のものと比べて格段にまとまりがよくなるのが特徴だ。香りが強すぎないのもとてもいい。職人が手作りしており作れる数が限られているため、年間契約で購入している。
 いい侍女たるもの、主人の体質に合ったものを常に仕入れる必要がある。今後もあの石鹸を確保しようと強く心に決めた。



□月△日
 昨日の昼頃から何やら姫様が料理長とこそこそやり取りをされていた。甘くて香ばしい香りが漂ってきていたので、内緒でお菓子でも焼いてもらったのだろうか。姫様は料理長のブラウニーがとてもお気に入りで、お茶の時間にはよくご所望になっている。あとでこっそり覗くと、お気に入りの缶にいっぱいのお菓子を詰めてもらっていた。私には内緒にしているようだけれど、勿論知っている。
 今日厨房に行くと空になったお菓子の缶が置いてあった。あんなに沢山のお菓子はどこに行ったのだろう。一晩で姫様が食べたとは考えにくい。



□月×日
 今朝、姫様の着替えを手伝っていると、姫様の体に刻まれている呪いが消えていることに気が付いた。姫様自身も気づいておられなかった。どういうことだろうか。昨日までは確かに変わらず呪いの紋章があったというのに。何もなかったかのように、きれいさっぱり消えていた。
 姫様は呪いが消えたことに関して、心当たりはないようだった。元々呪いが現れる時も突然だったのだから、消えるのも突然なのかもしれない。いきなり呪いが解けたことに驚いておられるようで、姫様は少しぼんやりされているようだった。



□月□日
 いつものように姫様の着替えを手伝っていると、小さな違和感があった。いつもと同じお召し物なのに、裾の長さが少し短い。姫様の身長が伸びたようだ。同じように、下着のサイズも少し窮屈になっていた。この短期間に?と思わないこともないが、もしかしたら何かしら呪いが解けたことと関係があるのかもしれない。手早く採寸を済ませて新しいものを注文した。
 姫様はやはり元気がないようで、遠くを見られては物思いにふけっておられることが多い。
 先日飾った花瓶の花を片付けるように仰った。あんなに大切にされていたのに、姫様は花のことなどもう気にかけていないようだった。花瓶の花はもう大分萎れてしまっていた。結局あの花を摘んできたのは一体誰だったのだろうか。



□月▽日
 最近姫様の食がめっきり細くなってしまった。夜もあまり眠れていないようで、顔色もよくない。料理長と相談して姫様のお好きなお菓子を沢山作ってもらった。けれど、私がお菓子と一緒に飲んで頂くお茶を淹れている間に、姫様は静かに涙を流しておられた。あんなに大好きだったブラウニーもほとんど召し上がらなかった。何かとてもつらいことがあったのかもしれない。姫様は何も言わずに首を振るだけだった。



□月◆日
 いつものように朝姫様を起こしに行くと、いつもはまだ眠っておられる姫様の「おはようございますっ」との声がした。私が起こすより先に姫様が起きてらっしゃるのはとても珍しい。何かあったのだろうかと思い部屋に入ると、最近見かけなかった小鳥が寝台の上で眠っていた。特徴的な頭の上の白い毛が変わらずふわふわしていた。窓は閉まっていたのに、小鳥はどこから入ってきたのだろうか。
 珍しく今朝は姫様が朝食を召し上がられたことが嬉しかった。小鳥にあげるパンも沢山持って行かれた。今日の姫様はとても嬉しそうで私も嬉しくなった。



□月▲日
 姫様が紹介したい人がいるという。限られた使用人しかいないこの離宮に私の知らない人などいるのだろうか。
 姫様はとてもきらきらとした目をしていた。全く見当はつかないが、そんな顔で仰るならきっと素敵な人なのだろう。私も早く会ってみたい。



□月□日
 姫様の呪いを解いたという魔術師なる人物にお会いした。銀色の髪に青い瞳が印象的な長身の男性だった。兄である三王子の方々もそれぞれに整ったお顔立ちをされているが、そのどなたとも雰囲気が似ていなかった。にしてもどういう方法でお会いになっていたのだろう。ただあんなに沢山お探しになっていた刺繍糸はこの方の為のものだったのだな、と一目見てわかった。はじめてお会いするはずなのに、なぜだかどこかで会ったことがあるような気がするのが不思議だ。
 魔法というのを初めて見たが、手から炎を出したりお茶を一瞬で温めたりと、まるで手品のようだった。美味しそうにむしゃむしゃとお菓子を召し上がるので、あの山盛りのお菓子はこの方が食べたのだなと思った。時折、彼はとても丁寧な手つきで姫様の頭を撫でた。姫様は恥ずかしそうな、嬉しそうな顔をされていた。最近の姫様の少し奇妙な行動の数々が全て納得がいった。
 姫様は王都に戻ってこちらの方を紹介するつもりのようだ。三王子の皆様がどんな顔をされるか、今から楽しみである。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

運命は、手に入れられなかったけれど

夕立悠理
恋愛
竜王の運命。……それは、アドルリア王国の王である竜王の唯一の妃を指す。 けれど、ラファリアは、運命に選ばれなかった。選ばれたのはラファリアの友人のマーガレットだった。 愛し合う竜王レガレスとマーガレットをこれ以上見ていられなくなったラファリアは、城を出ることにする。 すると、なぜか、王国に繁栄をもたらす聖花の一部が枯れてしまい、竜王レガレスにも不調が出始めーー。 一方、城をでて開放感でいっぱいのラファリアは、初めて酒場でお酒を飲み、そこで謎の青年と出会う。 運命を間違えてしまった竜王レガレスと、腕のいい花奏師のラファリアと、謎の青年(魔王)との、運命をめぐる恋の話。 ※カクヨム様でも連載しています。 そちらが一番早いです。

転生したら捨てられたが、拾われて楽しく生きています。

トロ猫
ファンタジー
2024.7月下旬5巻刊行予定 2024.6月下旬コミックス1巻刊行 2024.1月下旬4巻刊行 2023.12.19 コミカライズ連載スタート 2023.9月下旬三巻刊行 2023.3月30日二巻刊行 2022.11月30日一巻刊行 寺崎美里亜は転生するが、5ヶ月で教会の前に捨てられる。 しかも誰も通らないところに。 あー詰んだ と思っていたら後に宿屋を営む夫婦に拾われ大好きなお菓子や食べ物のために奮闘する話。 コメント欄を解放しました。 誤字脱字のコメントも受け付けておりますが、必要箇所の修正後コメントは非表示とさせていただきます。また、ストーリーや今後の展開に迫る質問等は返信を控えさせていただきます。 書籍の誤字脱字につきましては近況ボードの『書籍の誤字脱字はここに』にてお願いいたします。 出版社との規約に触れる質問等も基本お答えできない内容が多いですので、ノーコメントまたは非表示にさせていただきます。 よろしくお願いいたします。

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

前世でわたしの夫だったという人が現れました

柚木ゆず
恋愛
 それは、わたしことエリーズの婚約者であるサンフォエル伯爵家の嫡男・ディミトリ様のお誕生日をお祝いするパーティーで起きました。  ディミトリ様と二人でいたら突然『自分はエリーズ様と前世で夫婦だった』と主張する方が現れて、驚いていると更に『婚約を解消して自分と結婚をして欲しい』と言い出したのです。  信じられないことを次々と仰ったのは、ダツレットス子爵家の嫡男アンリ様。  この方は何かの理由があって、夫婦だったと嘘をついているのでしょうか……? それともアンリ様とわたしは、本当に夫婦だったのでしょうか……?

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します

大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。 「私あなたみたいな男性好みじゃないの」 「僕から逃げられると思っているの?」 そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。 すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。 これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない! 「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」 嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。 私は命を守るため。 彼は偽物の妻を得るため。 お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。 「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」 アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。 転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!? ハッピーエンド保証します。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

薔薇園に咲く呪われ姫は、王宮を棄てて微笑む ~もうあなたの愛など欲しくない~

昼から山猫
恋愛
王宮で「優雅な花嫁」として育てられながらも、婚約者である王太子は宮廷魔術師の娘に心奪われ、彼女を側妃に迎えるため主人公を冷遇する。 追放同然で古城へ送られた主人公は呪われた薔薇園で不思議な騎士と出会い、静かな暮らしを始める。 だが王宮が魔物の襲来で危機に瀕したとき、彼女は美しき薔薇の魔力を解き放ち、世界を救う。 今さら涙を流す王太子に彼女は告げる。 「もう遅いのですわ」

処理中です...