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第二部
18.上書きして
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「どうして」
魔力がまだ足りないのと尋ねたら、ハーディは首を振った。
「君にこういうことができなくなるから」
ハーディはわたしを膝に乗せて、後ろからぎゅっと抱きしめた。大きな手が、ゆっくりと愛おし気に髪を撫でていく。ちゅんちゅんと鳴いている様は可愛らしかったけれど、確かに小鳥になってしまうとこういうことはできない。
空っぽになった魔術師は、欲求に忠実になると、ハーディは前に言っていた。
ということは、朝のあれはハーディの素直な欲求なのかしら。
「……ハーディはキスがきらいなのかと思ってた」
「そんなわけがあるか」
くるりと体の向きを変えられて、ハーディと向い合うようになる。青い瞳と見つめ合う。朝見たのと同じ炎が瞳の奥に揺れていた。
「だったらどうして」
唇にキスしてくれたのは最初の一度だけだ。だから、ずっとそう思っていた。わたしにとってははじめてのキスでも、彼にとっては何回も繰り返した行為をなぞるだけのものだと。
「おれも何度も君に叩かれる趣味はないってだけだよ」
ハーディはわたしから目を逸らした。だってあれは一つ目の呪いのせいで、そうするしかなかっただけだ。
その証拠に、今朝ハーディとしたキスは全然嫌じゃなかった。いいえ嫌どころか……。でも、そんなこと、とてもじゃないけど口に出して言うことなんてできない。
こんな時、どんな風にしたらいいのかしら。
ふと、淫夢で見た光景が浮かんだ。何も言わずに、静かに目を閉じた貴婦人。
真似をするように、期待を込めて、わたしも目を閉じた。
ふわりと髪が頬を掠めて、それから、やわらかいものが唇に触れた。
けれど、それだけだった。
ゆっくりと目を開けると、物憂げな顔をしたハーディがそこにいた。
「そんな顔するなよ。これ以上するとおれも抑えが効かなくなる」
何を今更我慢をする必要があるのかしら。今まであんなに色んなことをしてきたというのに。
ハーディがこつんと額を合わせてくる。至近距離で見る美形に、いつまで経っても慣れない。
「おれはね、ルイーゼ。君に呪いとか関係なく、触れたい」
いきなり名前を呼ばれて心臓が跳ねた。何気なく自分の名前が呼ばれることは、こんなにも心が躍るのだと、わたしは知らなかった。
「おれのことが、怖くはない? 真っ暗な中で、君を身動きできないようにして、ひどいことをした」
ハーディがわたしの手に触れた。指を絡めて、まるで壊れ物に触るようにそっと手を繋いできた。
「君のことを、おれは何も知らない。もっとお互いのことをよく知ってからでも遅くはないと思うし、その、気持ちの伴わないことを、おれはもうしたくない。君の心の準備が整うまで、おれは待つつもりだよ」
ハーディの言うとおりにしたら、わたしはしわしわの老婆になってしまいそう。
返事の代わりに、大きな手を、握り返す。
「ハーディは、やさしいわ」
ハーディは端正な顔を顰めて怪訝そうにした。
「おれの? どこが?」
「こういうことを、わたしに聞いてくれるところ」
あの夜のことが、全く頭によぎらないわけではない。けれど、ハーディはいつもわたしに尋ねてくれた。わたしがそれを望むかどうかを。
全部、わたしが決めてきたことだ。
「上書きして」
今のあなたを、わたしに教えてほしい。
彼を迎えるように、両手を広げる。
「きて、エアハルト」
ハーディは青い目を見開いて、一瞬固まった。硬直を解くように、ぱちぱちと瞬きをする。
「これは反則だろ……」
そのまま、前髪をわしゃわしゃと掻き上げて天を仰いだ。
「こういう時に、呼ぶのではないの?」
わたしは何か間違えただろうか。呼んでほしそうな時と言っていたから、呼んでみたのだけれど。
「いや、間違ってはない。大正解だ」
言葉とは裏腹に、ハーディは額に手を当ててやれやれと首を振った。だったら、何がそんなにいけないのかしら。
「だから、君が一番厄介なんだよ」
明日どうなってもおれのせいじゃないからなと言って、ハーディは軽々とわたしを抱き上げた。
魔力がまだ足りないのと尋ねたら、ハーディは首を振った。
「君にこういうことができなくなるから」
ハーディはわたしを膝に乗せて、後ろからぎゅっと抱きしめた。大きな手が、ゆっくりと愛おし気に髪を撫でていく。ちゅんちゅんと鳴いている様は可愛らしかったけれど、確かに小鳥になってしまうとこういうことはできない。
空っぽになった魔術師は、欲求に忠実になると、ハーディは前に言っていた。
ということは、朝のあれはハーディの素直な欲求なのかしら。
「……ハーディはキスがきらいなのかと思ってた」
「そんなわけがあるか」
くるりと体の向きを変えられて、ハーディと向い合うようになる。青い瞳と見つめ合う。朝見たのと同じ炎が瞳の奥に揺れていた。
「だったらどうして」
唇にキスしてくれたのは最初の一度だけだ。だから、ずっとそう思っていた。わたしにとってははじめてのキスでも、彼にとっては何回も繰り返した行為をなぞるだけのものだと。
「おれも何度も君に叩かれる趣味はないってだけだよ」
ハーディはわたしから目を逸らした。だってあれは一つ目の呪いのせいで、そうするしかなかっただけだ。
その証拠に、今朝ハーディとしたキスは全然嫌じゃなかった。いいえ嫌どころか……。でも、そんなこと、とてもじゃないけど口に出して言うことなんてできない。
こんな時、どんな風にしたらいいのかしら。
ふと、淫夢で見た光景が浮かんだ。何も言わずに、静かに目を閉じた貴婦人。
真似をするように、期待を込めて、わたしも目を閉じた。
ふわりと髪が頬を掠めて、それから、やわらかいものが唇に触れた。
けれど、それだけだった。
ゆっくりと目を開けると、物憂げな顔をしたハーディがそこにいた。
「そんな顔するなよ。これ以上するとおれも抑えが効かなくなる」
何を今更我慢をする必要があるのかしら。今まであんなに色んなことをしてきたというのに。
ハーディがこつんと額を合わせてくる。至近距離で見る美形に、いつまで経っても慣れない。
「おれはね、ルイーゼ。君に呪いとか関係なく、触れたい」
いきなり名前を呼ばれて心臓が跳ねた。何気なく自分の名前が呼ばれることは、こんなにも心が躍るのだと、わたしは知らなかった。
「おれのことが、怖くはない? 真っ暗な中で、君を身動きできないようにして、ひどいことをした」
ハーディがわたしの手に触れた。指を絡めて、まるで壊れ物に触るようにそっと手を繋いできた。
「君のことを、おれは何も知らない。もっとお互いのことをよく知ってからでも遅くはないと思うし、その、気持ちの伴わないことを、おれはもうしたくない。君の心の準備が整うまで、おれは待つつもりだよ」
ハーディの言うとおりにしたら、わたしはしわしわの老婆になってしまいそう。
返事の代わりに、大きな手を、握り返す。
「ハーディは、やさしいわ」
ハーディは端正な顔を顰めて怪訝そうにした。
「おれの? どこが?」
「こういうことを、わたしに聞いてくれるところ」
あの夜のことが、全く頭によぎらないわけではない。けれど、ハーディはいつもわたしに尋ねてくれた。わたしがそれを望むかどうかを。
全部、わたしが決めてきたことだ。
「上書きして」
今のあなたを、わたしに教えてほしい。
彼を迎えるように、両手を広げる。
「きて、エアハルト」
ハーディは青い目を見開いて、一瞬固まった。硬直を解くように、ぱちぱちと瞬きをする。
「これは反則だろ……」
そのまま、前髪をわしゃわしゃと掻き上げて天を仰いだ。
「こういう時に、呼ぶのではないの?」
わたしは何か間違えただろうか。呼んでほしそうな時と言っていたから、呼んでみたのだけれど。
「いや、間違ってはない。大正解だ」
言葉とは裏腹に、ハーディは額に手を当ててやれやれと首を振った。だったら、何がそんなにいけないのかしら。
「だから、君が一番厄介なんだよ」
明日どうなってもおれのせいじゃないからなと言って、ハーディは軽々とわたしを抱き上げた。
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