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第二部

8.君の色の空がいい

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「特に女の髪には魔力がある。女の魔術師は、魔術を使う時に髪を解くって聞いたな」
 お祖母さまも普段はきっちりと金髪を編み上げていた。あの髪を、魔術を使う時は解いたのだろうか。
 目にしたことはないけれど、きらきらと広がる金髪はそれはそれは美しいだろうなと思った。

「あなたの髪にも魔力があるの? 伸ばさないの?」
「おれは元々魔力が多い方だから。こんな短いとどれだけ役に立つか分からないけど、少しはあるんじゃないか。師匠の髪は長かったけど、あれは切るのが面倒なだけだと思うし」

 君のこの髪が伸びるまで、どれだけの時間がかかったんだろうなと、彼はわたしの髪を撫でた。そういえば、この人はよくわたしの髪を撫でる。

「わたしは魔法使いじゃないもの」
 自分の呪いを解く方法も、彼の本当の名前も知らない、普通のつまらない人間だ。

「本当に?」
 にやりと笑った彼がわたしの髪に顔を埋めるようにする。

「君の髪はいい匂いがする。眩暈がしそうだ。これは一体どんな魔法だろうね」

「……なっ」
 反論する余地も与えられずにぎゅっと、その腕の中にしまい込まれる。突然のことに体が一瞬強張ったけれど、包まれてしまえばこれほど心地よい温もりはほかになかった。

 日頃丹念にわたしの髪を洗い、乾かし、梳いてくれるコルネリアにこれほど感謝したことはないかもしれない。


「もしおれが月なら、浮かぶのは君の色の空がいい」


 静かな声が紡ぐその言葉が、わたしの心臓を捕らえた。
 彼がわたしの手首に触れる。そのまま、内側の脈打つ皮膚に口づけられる。こんなところにキスされたのは初めて。
 何も返事ができないわたしに、青い瞳は悠然と微笑み返した。


 *


 明るい朝の光の中、わたしは目覚めた。涙は流れなかった。

「……ハーディ」

 それがわたしの知る、彼の名前。
 全部、思い出した。
 わたしを呼ぶ声も、その悔しいぐらいに整った顔も。

 胸元まで伸びる、自分の髪を見遣る。
 何度も、彼が撫でたこの黒い髪。その手の感触もありありと思い出せる。

 忘れたいとは、とても思えなかった。
 ハーディに出会えなかったら、わたしは今も呪いの闇の中にいただろう。わたしをあの闇の中から救い出してくれたのはハーディだ。

 言いたいことが山ほどある。わたしはハーディの言葉に何も返せていない。ついでに我ながら物騒だけど、一回ぐらいは引っ叩いてやりたい。そうしないと気が済まないわ。

 握りしめていた魔石はかろうじて丸い形をとどめていたけれど、縦に一線ひびが入っていた。奪われたハーディの記憶を取り戻すのに彼の魔力を使うしかなかったのは少々癪ではあったけれど、他に方法がなかった。仕方ない。

 「どうなっても知らない」と言っていたんだもの。好きにやってやる。
 こんなことになるなら、あのきれいな銀髪を二、三本毟り取っておいてやればよかった。混沌の中、もう一度巡り合うための縁。そうすれば、またハーディに会えたかもしれないのに。
宝石箱から銀の刺繍糸を取り出す。わたしが自分で選んだハーディの髪の色の糸。到底代わりにはならないけれど、何もないよりはいい。

「お願い、導いて」

 右手にひびの入った青い魔石と、左手に銀色の糸を握りしめて願う。
 わたしは、わたしの月を取り返す。
 やわらかな青い光が朝日をかき消すように部屋中に広がる。床が抜けるような浮遊感とその光が、わたしの体を包んだ。
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