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第二部
3.雷の夜の夢
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強い雨の音で目が覚めた。
変なところで目が冴えて眠れなくなった。本当ならそろそろ、三日月と半月の間ぐらいの月が昇る頃だけれど、厚い雲が垂れ込めていて、月は見えない。
この雨の中、彼は来てはくれないだろう。
眠る時にランプを消してしまったから、部屋の中は真っ暗。雨が窓を叩く音に、遠くの雷の音が混じる。体を縮めて、ブランケットに包まる。
昔からどうしようもなく雷が苦手だった。
理由は分からないけれど、心細くて仕方がない。
ぴかっ、と稲妻が光って、大きな雷鳴が轟く。
「――――」
小さな声で縋るように彼の名前を呼んだ。けれど、雷にかき消されて、自分の耳にも届かなかった。
また、ぴかりと稲妻が光る。遅れて、雷鳴が響く。
「――――」
「なに?」
返ってくるはずのない、返事がした。暗闇の中から、望んだ声がする。
「……え?」
雷の光とは違う、青い光がぼんやりと光った。左手に魔法の炎が揺れている。
見ると、窓際に雨でびっしょり濡れた彼が立っていた。髪から、ローブから、雨の雫がぽたぽたと滴っていく。へたりとなった銀髪の合間から、青い目が覗く。
「呼ばれた気がしたから来たんだけど、へくしっ」
くしゃみをして、雨に濡れた大きな犬のように、ぶるぶると頭を振る。ああ、このままだと風邪をひいてしまう。そう思うのに、濡れた髪の色気から目が離せない。
「雨の日は来てくれないと思ってたのに……」
どうしよう、何か拭くものを持ってこないと。わたしは寝台から起き上がって、薄暗い部屋で右往左往した。駆け寄っていこうとすると、彼はそれに手で制した。挙げたその手からも絶え間なく水滴が流れ落ちた。
「ああ、君の服が濡れると色々ややこしいから、そのままにしてて」
彼が何か呟いて右手を三度振ると、橙色の炎が彼の濡れた全身を包んだ。闇色のローブと銀髪がふわりと浮かび上がる。
それが元に戻る頃には、彼を濡らしていた雨の雫はなくなって、すっかり服も乾いていた。
「部屋、暗い方がいい?」
わたしが首を横に振ると、彼は青い炎の塊を、二つ三つ部屋に放るようにした。月の光に似たその青い炎は、ランプよりも優しく部屋を照らしてくれる。
きれいだな、と思って、わたしの近くを漂う青い炎に手を伸ばした。
「あ、こら」
彼の手が、わたしの手首を掴む。けれど、もうわたしの手の中にはふわふわと燃える青い炎があった。
「熱くない?」
心配そうに彼が覗き込んでくる。
「全然。あったかいだけよ」
「火傷するかと思ったのにな」
不思議そうに彼は呟くけれど、青い炎はやわらかくて、あたたかい。冷えた体にはちょうどいい。
青い炎に対抗するように、紫じみた稲妻が光った。間もなく、大きな雷鳴が響く。近くに雷が落ちたのかもしれない。
「きゃっ」
咄嗟に、彼に縋りつくように抱きついた。彼はわたしの行動に驚いたようで、少しためらってから、わたしの背中に腕を回した。抱きしめられてから、自分の体が震えていたことに気が付いた。
「そんなに苦手なの、雷。今までどうやって暮らしてたの?」
「雷が鳴る前は、お祖母さまが教えてくれていたの」
天気が分かるお祖母さまは、いつも雷が近づく前にわたしにそう教えてくれた。そして、そんな夜は必ず一緒に眠ってくれた。お祖母さまと眠ると、不思議と朝まで目が覚めなくて、嵐は朝になると収まっているのが常だった。
「未来が視えるってことか……。なかなか珍しい魔力の種類だな。だから君も変な夢を見るのかもしれないな」
宥めるようにわたしの頭を撫でながら、彼は言う。
「――――は未来は視えないの?」
「おれはそういう種類の魔術は使えない。使いやすい属性っていうのが、人によってあるから。おれの場合は炎だけど、例えば師匠は水の魔術が得意だったよ」
彼はぼんやりと漂う炎の一つを手に乗せる。こんな涼やかな氷のような顔をしているのに、炎の魔法が得意なのは意外だった。
変なところで目が冴えて眠れなくなった。本当ならそろそろ、三日月と半月の間ぐらいの月が昇る頃だけれど、厚い雲が垂れ込めていて、月は見えない。
この雨の中、彼は来てはくれないだろう。
眠る時にランプを消してしまったから、部屋の中は真っ暗。雨が窓を叩く音に、遠くの雷の音が混じる。体を縮めて、ブランケットに包まる。
昔からどうしようもなく雷が苦手だった。
理由は分からないけれど、心細くて仕方がない。
ぴかっ、と稲妻が光って、大きな雷鳴が轟く。
「――――」
小さな声で縋るように彼の名前を呼んだ。けれど、雷にかき消されて、自分の耳にも届かなかった。
また、ぴかりと稲妻が光る。遅れて、雷鳴が響く。
「――――」
「なに?」
返ってくるはずのない、返事がした。暗闇の中から、望んだ声がする。
「……え?」
雷の光とは違う、青い光がぼんやりと光った。左手に魔法の炎が揺れている。
見ると、窓際に雨でびっしょり濡れた彼が立っていた。髪から、ローブから、雨の雫がぽたぽたと滴っていく。へたりとなった銀髪の合間から、青い目が覗く。
「呼ばれた気がしたから来たんだけど、へくしっ」
くしゃみをして、雨に濡れた大きな犬のように、ぶるぶると頭を振る。ああ、このままだと風邪をひいてしまう。そう思うのに、濡れた髪の色気から目が離せない。
「雨の日は来てくれないと思ってたのに……」
どうしよう、何か拭くものを持ってこないと。わたしは寝台から起き上がって、薄暗い部屋で右往左往した。駆け寄っていこうとすると、彼はそれに手で制した。挙げたその手からも絶え間なく水滴が流れ落ちた。
「ああ、君の服が濡れると色々ややこしいから、そのままにしてて」
彼が何か呟いて右手を三度振ると、橙色の炎が彼の濡れた全身を包んだ。闇色のローブと銀髪がふわりと浮かび上がる。
それが元に戻る頃には、彼を濡らしていた雨の雫はなくなって、すっかり服も乾いていた。
「部屋、暗い方がいい?」
わたしが首を横に振ると、彼は青い炎の塊を、二つ三つ部屋に放るようにした。月の光に似たその青い炎は、ランプよりも優しく部屋を照らしてくれる。
きれいだな、と思って、わたしの近くを漂う青い炎に手を伸ばした。
「あ、こら」
彼の手が、わたしの手首を掴む。けれど、もうわたしの手の中にはふわふわと燃える青い炎があった。
「熱くない?」
心配そうに彼が覗き込んでくる。
「全然。あったかいだけよ」
「火傷するかと思ったのにな」
不思議そうに彼は呟くけれど、青い炎はやわらかくて、あたたかい。冷えた体にはちょうどいい。
青い炎に対抗するように、紫じみた稲妻が光った。間もなく、大きな雷鳴が響く。近くに雷が落ちたのかもしれない。
「きゃっ」
咄嗟に、彼に縋りつくように抱きついた。彼はわたしの行動に驚いたようで、少しためらってから、わたしの背中に腕を回した。抱きしめられてから、自分の体が震えていたことに気が付いた。
「そんなに苦手なの、雷。今までどうやって暮らしてたの?」
「雷が鳴る前は、お祖母さまが教えてくれていたの」
天気が分かるお祖母さまは、いつも雷が近づく前にわたしにそう教えてくれた。そして、そんな夜は必ず一緒に眠ってくれた。お祖母さまと眠ると、不思議と朝まで目が覚めなくて、嵐は朝になると収まっているのが常だった。
「未来が視えるってことか……。なかなか珍しい魔力の種類だな。だから君も変な夢を見るのかもしれないな」
宥めるようにわたしの頭を撫でながら、彼は言う。
「――――は未来は視えないの?」
「おれはそういう種類の魔術は使えない。使いやすい属性っていうのが、人によってあるから。おれの場合は炎だけど、例えば師匠は水の魔術が得意だったよ」
彼はぼんやりと漂う炎の一つを手に乗せる。こんな涼やかな氷のような顔をしているのに、炎の魔法が得意なのは意外だった。
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