上 下
36 / 68
第二部

3.雷の夜の夢

しおりを挟む
強い雨の音で目が覚めた。

 変なところで目が冴えて眠れなくなった。本当ならそろそろ、三日月と半月の間ぐらいの月が昇る頃だけれど、厚い雲が垂れ込めていて、月は見えない。

 この雨の中、彼は来てはくれないだろう。
 眠る時にランプを消してしまったから、部屋の中は真っ暗。雨が窓を叩く音に、遠くの雷の音が混じる。体を縮めて、ブランケットに包まる。

 昔からどうしようもなく雷が苦手だった。
 理由は分からないけれど、心細くて仕方がない。
 ぴかっ、と稲妻が光って、大きな雷鳴が轟く。

「――――」
 小さな声で縋るように彼の名前を呼んだ。けれど、雷にかき消されて、自分の耳にも届かなかった。

 また、ぴかりと稲妻が光る。遅れて、雷鳴が響く。

「――――」
「なに?」
 返ってくるはずのない、返事がした。暗闇の中から、望んだ声がする。

「……え?」
 雷の光とは違う、青い光がぼんやりと光った。左手に魔法の炎が揺れている。

 見ると、窓際に雨でびっしょり濡れた彼が立っていた。髪から、ローブから、雨の雫がぽたぽたと滴っていく。へたりとなった銀髪の合間から、青い目が覗く。

「呼ばれた気がしたから来たんだけど、へくしっ」
 くしゃみをして、雨に濡れた大きな犬のように、ぶるぶると頭を振る。ああ、このままだと風邪をひいてしまう。そう思うのに、濡れた髪の色気から目が離せない。

「雨の日は来てくれないと思ってたのに……」
 どうしよう、何か拭くものを持ってこないと。わたしは寝台から起き上がって、薄暗い部屋で右往左往した。駆け寄っていこうとすると、彼はそれに手で制した。挙げたその手からも絶え間なく水滴が流れ落ちた。

「ああ、君の服が濡れると色々ややこしいから、そのままにしてて」
 彼が何か呟いて右手を三度振ると、橙色の炎が彼の濡れた全身を包んだ。闇色のローブと銀髪がふわりと浮かび上がる。

 それが元に戻る頃には、彼を濡らしていた雨の雫はなくなって、すっかり服も乾いていた。

「部屋、暗い方がいい?」
 わたしが首を横に振ると、彼は青い炎の塊を、二つ三つ部屋に放るようにした。月の光に似たその青い炎は、ランプよりも優しく部屋を照らしてくれる。
 きれいだな、と思って、わたしの近くを漂う青い炎に手を伸ばした。

「あ、こら」
 彼の手が、わたしの手首を掴む。けれど、もうわたしの手の中にはふわふわと燃える青い炎があった。

「熱くない?」
 心配そうに彼が覗き込んでくる。
「全然。あったかいだけよ」
「火傷するかと思ったのにな」

 不思議そうに彼は呟くけれど、青い炎はやわらかくて、あたたかい。冷えた体にはちょうどいい。
 青い炎に対抗するように、紫じみた稲妻が光った。間もなく、大きな雷鳴が響く。近くに雷が落ちたのかもしれない。

「きゃっ」
 咄嗟に、彼に縋りつくように抱きついた。彼はわたしの行動に驚いたようで、少しためらってから、わたしの背中に腕を回した。抱きしめられてから、自分の体が震えていたことに気が付いた。

「そんなに苦手なの、雷。今までどうやって暮らしてたの?」
「雷が鳴る前は、お祖母さまが教えてくれていたの」
 天気が分かるお祖母さまは、いつも雷が近づく前にわたしにそう教えてくれた。そして、そんな夜は必ず一緒に眠ってくれた。お祖母さまと眠ると、不思議と朝まで目が覚めなくて、嵐は朝になると収まっているのが常だった。

「未来が視えるってことか……。なかなか珍しい魔力の種類だな。だから君も変な夢を見るのかもしれないな」
 宥めるようにわたしの頭を撫でながら、彼は言う。

「――――は未来は視えないの?」
「おれはそういう種類の魔術は使えない。使いやすい属性っていうのが、人によってあるから。おれの場合は炎だけど、例えば師匠は水の魔術が得意だったよ」

 彼はぼんやりと漂う炎の一つを手に乗せる。こんな涼やかな氷のような顔をしているのに、炎の魔法が得意なのは意外だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷酷無比な国王陛下に愛されすぎっ! 絶倫すぎっ! ピンチかもしれませんっ!

仙崎ひとみ
恋愛
子爵家のひとり娘ソレイユは、三年前悪漢に襲われて以降、男性から劣情の目で見られないようにと、女らしいことを一切排除する生活を送ってきた。 18歳になったある日。デビュタントパーティに出るよう命じられる。 噂では、冷酷無悲な独裁王と称されるエルネスト国王が、結婚相手を探しているとか。 「はあ? 結婚相手? 冗談じゃない、お断り」 しかし両親に頼み込まれ、ソレイユはしぶしぶ出席する。 途中抜け出して城庭で休んでいると、酔った男に絡まれてしまった。 危機一髪のところを助けてくれたのが、何かと噂の国王エルネスト。 エルネストはソレイユを気に入り、なんとかベッドに引きずりこもうと企む。 そんなとき、三年前ソレイユを助けてくれた救世主に似た男性が現れる。 エルネストの弟、ジェレミーだ。 ジェレミーは思いやりがあり、とても優しくて、紳士の鏡みたいに高潔な男性。 心はジェレミーに引っ張られていくが、身体はエルネストが虎視眈々と狙っていて――――

スパダリ猟犬騎士は貧乏令嬢にデレ甘です!【R18/完全版】

鶴田きち
恋愛
★初恋のスパダリ年上騎士様に貧乏令嬢が溺愛される、ロマンチック・歳の差ラブストーリー♡ ★貧乏令嬢のシャーロットは、幼い頃からオリヴァーという騎士に恋をしている。猟犬騎士と呼ばれる彼は公爵で、イケメンで、さらに次期騎士団長として名高い。 ある日シャーロットは、ひょんなことから彼に逆プロポーズしてしまう。オリヴァーはそれを受け入れ、二人は電撃婚約することになる。婚約者となった彼は、シャーロットに甘々で――?! ★R18シーンは第二章の後半からです。その描写がある回はアスタリスク(*)がつきます ★ムーンライトノベルズ様では第二章まで公開中。(旧タイトル『初恋の猟犬騎士様にずっと片想いしていた貧乏令嬢が、逆プロポーズして電撃婚約し、溺愛される話。』) ★エブリスタ様では【エブリスタ版】を公開しています。 ★「面白そう」と思われた女神様は、毎日更新していきますので、ぜひ毎日読んで下さい! その際は、画面下の【お気に入り☆】ボタンをポチッとしておくと便利です。 いつも読んで下さる貴女が大好きです♡応援ありがとうございます!

腹黒伯爵の甘く淫らな策謀

茂栖 もす
恋愛
私、アスティア・オースティンは夢を見た。 幼い頃過ごした男の子───レイディックと過ごした在りし日の甘い出来事を。 けれど夢から覚めた私の眼前には、見知らぬ男性が居て───そのまま私は、純潔を奪われてしまった。 それからすぐ、私はレイディックと再会する。 美しい青年に成長したレイディックは、もう病弱だった薄幸の少年ではなかった。 『アスティア、大丈夫、僕が全部上書きしてあげる』   そう言って強姦された私に、レイディックは手を伸ばす。甘く優しいその声は、まるで媚薬のようで、私は抗うことができず…………。  ※R−18部分には、♪が付きます。 ※他サイトにも重複投稿しています。

天然王妃は国王陛下に溺愛される~甘く淫らに啼く様~

一ノ瀬 彩音
恋愛
クレイアは天然の王妃であった。 無邪気な笑顔で、その豊満過ぎる胸を押し付けてくるクレイアが可愛くて仕方がない国王。 そんな二人の間に二人の側室が邪魔をする! 果たして国王と王妃は結ばれることが出来るのか!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話

もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。 詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。 え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか? え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか? え? 私、アースさん専用の聖女なんですか? 魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。 ※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。 ※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。 ※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。 R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。

皇妃は寵愛を求めるのを止めて離宮に引き篭ることにしました。

恋愛
ネルネ皇国の后妃ケイトは、陰謀渦巻く後宮で毒を盛られ生死の境を彷徨った。 そこで思い出した前世の記憶。 進んだ文明の中で自ら働き、 一人暮らししていた前世の自分。 そこには確かに自由があった。 後宮には何人もの側室が暮らし、日々皇帝の寵愛を得ようと水面下で醜い争いを繰り広げていた。 皇帝の寵愛を一身に受けるために。 ケイトはそんな日々にも心を痛めることなく、ただ皇帝陛下を信じて生きてきた。 しかし、前世の記憶を思い出したケイトには耐えられない。命を狙われる生活も、夫が他の女性と閨を共にするのを笑顔で容認する事も。 危険のあるこんな場所で子供を産むのも不安。 療養のため離宮に引き篭るが、皇帝陛下は戻ってきて欲しいようで……? 設定はゆるゆるなので、見逃してください。 ※ヒロインやヒーローのキャラがイライラする方はバックでお願いします。 ※溺愛目指します ※R18は保険です ※本編18話で完結

ドS騎士団長のご奉仕メイドに任命されましたが、私××なんですけど!?

yori
恋愛
*ノーチェブックスさまより書籍化&コミカライズ連載7/5~startしました* コミカライズは最新話無料ですのでぜひ! 読み終わったらいいね♥もよろしくお願いします! ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆ ふりふりのエプロンをつけたメイドになるのが夢だった男爵令嬢エミリア。 王城のメイド試験に受かったはいいけど、処女なのに、性のお世話をする、ご奉仕メイドになってしまった!?  担当する騎士団長は、ある事情があって、専任のご奉仕メイドがついていないらしい……。 だけど普通のメイドよりも、お給金が倍だったので、貧乏な実家のために、いっぱい稼ぎます!!

[R18]引きこもりの男爵令嬢〜美貌公爵様の溺愛っぷりについていけません〜

くみ
恋愛
R18作品です。 18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。 男爵家の令嬢エリーナ・ネーディブは身体が弱くほとんどを屋敷の中で過ごす引きこもり令嬢だ。 そのせいか極度の人見知り。 ある時父からいきなりカール・フォード公爵が婚姻をご所望だと聞かされる。 あっという間に婚約話が進み、フォード家へ嫁ぐことに。 内気で初心な令嬢は、美貌の公爵に甘く激しく愛されてー?

処理中です...