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第一部
32.君の中の、おれ
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掠れた声が、囁く。わたしのなかで、彼がどくんと大きく脈打つ。一滴も逃さずに搾り取るかのように、膣壁が収縮を繰り返す。
「ひゃああっ」
吐き出された飛沫が、わたしのなかに迸る。
子宮に、精が満ちる。
ハーディの手が、一重だけ残った呪いに触れた。
溢れ出す青い光が、昼間のような明るさで、わたしの部屋を遍く照らした。
その時、やっとハーディの顔が見えた。何回か掻き上げたのか、ぼさぼさになった銀の髪。泣いては、いなかった。
パリンッ。
宙に放り出されたと思った後、わたしの体はずしりと寝台に吸い込まれた。
滲むように歪んで、最後の呪いは解けた。もう指先も動かせないぐらい体が重い。汗と蜜に塗れて、末端から冷えていく気がする。
呪いがあった場所を、青い瞳が食い入るように見つめていた。
「呪いは解けた。あとは対価をもらうだけだ」
ゆるゆると青い光は収束して、またぼんやりとした赤い花の光だけになる。
この細工も三つ目の呪いと一緒に解くと、ハーディは言っていなかっただろうか。それにいい加減、この腕の拘束を解いてほしい。
「ねぇ、ハーディ。いい加減腕をほどいてほしいんだけど」
整わない呼吸のまま言うと、薄闇の中ハーディが首を振るのが分かった。
「君からもらうものは決めてた」
ハーディはわたしの右胸の花に触れた。すっと水の中に差し入れるように、手が体の中に浸み込んでいく。自分の体の中にハーディの手があるなんて、奇妙な光景だ。
ぷちり、と摘み取る音がした。
すると、紋章は消えて、代わりに彼の左手には一輪の眩しいばかりに輝く深紅の薔薇があった。
最初は小さな芽だったのに。
いつの間にか、わたしの中に根を張って、やがて大きく花を咲かせたもの。
「君の中の、おれ」
「だめ、それはだめ。返してっ」
考える間もなく叫んでいた。他の何を取られてもいい。髪を切られても声を奪われても、姿形を醜く変えられても。
でも、それだけは嫌。
「なんでも、おれの望むものをくれるって言ったろ?」
最初に出会った時、わたしはハーディにそう答えてしまった。
魔術師との約束は絶対。
両手を縛られているから、手を伸ばすこともできない。
赤い輝きに彩られた微笑みは、まるで物語の悪い魔法使いのよう。けれど、こんな時でも息が止まるほど美しかった。
ハーディは、ふっ、と蝋燭を吹き消すように薔薇に息を吹きかけた。
『いい子にしていないとハーディに大切なものを取られてしまうよ』
ああ、そうだ。ずっと昔から我儘を言う度にそう言われてきた。
わたしは悪い子だったのだろうか。
だから、だから。
何よりも大切なものを取られてしまう。
はらはらと赤い花びらが散って、薔薇が霧散して溶けていく。再び闇の中に、ハーディが消える。
「おやすみ」
その声で、わたしの名前を呼ばれたらどんな心地がするだろうと。
ずっとずっと考えていた。けれど。
「ルイーゼ」
はじめて呼ばれた名前には、望んだ甘さはなくて。
ただただ、悲しく響くだけだった。
最後に感じたのは、わたしの額に触れたハーディの手だった。
わたしはそのまま眠りに落ちた。
「ひゃああっ」
吐き出された飛沫が、わたしのなかに迸る。
子宮に、精が満ちる。
ハーディの手が、一重だけ残った呪いに触れた。
溢れ出す青い光が、昼間のような明るさで、わたしの部屋を遍く照らした。
その時、やっとハーディの顔が見えた。何回か掻き上げたのか、ぼさぼさになった銀の髪。泣いては、いなかった。
パリンッ。
宙に放り出されたと思った後、わたしの体はずしりと寝台に吸い込まれた。
滲むように歪んで、最後の呪いは解けた。もう指先も動かせないぐらい体が重い。汗と蜜に塗れて、末端から冷えていく気がする。
呪いがあった場所を、青い瞳が食い入るように見つめていた。
「呪いは解けた。あとは対価をもらうだけだ」
ゆるゆると青い光は収束して、またぼんやりとした赤い花の光だけになる。
この細工も三つ目の呪いと一緒に解くと、ハーディは言っていなかっただろうか。それにいい加減、この腕の拘束を解いてほしい。
「ねぇ、ハーディ。いい加減腕をほどいてほしいんだけど」
整わない呼吸のまま言うと、薄闇の中ハーディが首を振るのが分かった。
「君からもらうものは決めてた」
ハーディはわたしの右胸の花に触れた。すっと水の中に差し入れるように、手が体の中に浸み込んでいく。自分の体の中にハーディの手があるなんて、奇妙な光景だ。
ぷちり、と摘み取る音がした。
すると、紋章は消えて、代わりに彼の左手には一輪の眩しいばかりに輝く深紅の薔薇があった。
最初は小さな芽だったのに。
いつの間にか、わたしの中に根を張って、やがて大きく花を咲かせたもの。
「君の中の、おれ」
「だめ、それはだめ。返してっ」
考える間もなく叫んでいた。他の何を取られてもいい。髪を切られても声を奪われても、姿形を醜く変えられても。
でも、それだけは嫌。
「なんでも、おれの望むものをくれるって言ったろ?」
最初に出会った時、わたしはハーディにそう答えてしまった。
魔術師との約束は絶対。
両手を縛られているから、手を伸ばすこともできない。
赤い輝きに彩られた微笑みは、まるで物語の悪い魔法使いのよう。けれど、こんな時でも息が止まるほど美しかった。
ハーディは、ふっ、と蝋燭を吹き消すように薔薇に息を吹きかけた。
『いい子にしていないとハーディに大切なものを取られてしまうよ』
ああ、そうだ。ずっと昔から我儘を言う度にそう言われてきた。
わたしは悪い子だったのだろうか。
だから、だから。
何よりも大切なものを取られてしまう。
はらはらと赤い花びらが散って、薔薇が霧散して溶けていく。再び闇の中に、ハーディが消える。
「おやすみ」
その声で、わたしの名前を呼ばれたらどんな心地がするだろうと。
ずっとずっと考えていた。けれど。
「ルイーゼ」
はじめて呼ばれた名前には、望んだ甘さはなくて。
ただただ、悲しく響くだけだった。
最後に感じたのは、わたしの額に触れたハーディの手だった。
わたしはそのまま眠りに落ちた。
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