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第一部

25.秘密のお茶会

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「で、これは何?」

 現れるなり、ハーディは面食らったようにそう言った。
 テーブルの上に置いたのは、焼き菓子の詰め込まれた缶。わたしの秘密のお菓子箱。
 マドレーヌ、ガレット、フィナンシェ。ビスケットにバターケーキ。あとはわたしの大好きなブラウニーも。勿論、お茶も用意してある。

「何って、ちょっとしたお茶会よ」

 「夜中にお腹が空いてしまうのだけど、夕食を沢山は食べられないの。どうしたらいいかしら?」とわたしの少食に心を痛めてくれている料理長に相談してみたら、それならと気合いを入れてお菓子を作ってくれた。一つ一つは小さめなので色々な種類が食べられる。当然、コルネリアには内緒で。

「ハーディは甘いものはきらい?」
「嫌いじゃないけど別に好んでは食べな、んぐっ」

 不服そうだったので、ハーディの口にマドレーヌを突っ込んでみた。青色の目を見開いて、もぐもぐと食べている。

「パンよりおいしいんだな……」
 初めて食べるのかしら、マドレーヌ。三百年も生きているのに?

「うちの料理長のお菓子はどれも美味しいのよ」
 二つ目のマドレーヌに手を伸ばしたハーディを見ながら、わたしはティーポットを指差した。

「ねえ、お茶をまた温めてくれない? あとカップももう一つ増やして」
 いつも眠る前はハーブティーを淹れてもらうのだけど、今日だけはどうしてもとコルネリアに無理を言って紅茶を淹れてもらった。

「いいけど、君、おれを便利な何かと勘違いしてないか?」
「バターケーキはいらない?」
「もらう」

 左手でバターケーキを食べながら、器用にティーポットを右手の人差し指で三回叩いた。続いて、カップを二回叩く。前と同じ魔法だ。
 ポットからお茶を淹れると、やはり淹れたてのようにふわふわと湯気が上がった。二つのカップに紅茶を注いで、一つをハーディに渡すとそのまま彼はカップに口をつけた。

「熱っ。あっためすぎたな……ごめん、冷ますよ」
「別に放っておけば冷めるわよ」
 ポットに手を伸ばそうとしたハーディを制して、代わりにビスケットを握らせた。

 お茶は熱い方がいい。だって、その方が飲むのに時間がかかるから。
 その分だけ、一緒に過ごすことができるから。

「真夜中にお菓子を食べるのって悪いことみたいでどきどきするからすき」
 背徳はお菓子を一番美味しくしてくれる。こっそり夜中に食べるお菓子ほど美味しいものを、わたしは知らない。

「昔永遠の美貌をねだりに来たどこかの女王は、夜に食べると翌朝吹き出物がなんとかとか騒いでた気がするけど、君はいいの?」
「いいのよ、今日は」

 本当は全然よくはないのだけど、そういうことにしておいて頂戴。
 少し冷めてちょうどいい温度になった紅茶は、ふわりと鼻に抜ける香りがして美味しかった。揺れるカップの水面に映るのは、三日月。

「昔ね、ヨアヒム兄さまと夜にピクニックに行ったことがあるの」

 あの時は、バスケットにサンドイッチを詰めて、王城の庭園に行った。クラウス兄さまを誘うのはさすがに気が引けて、ヘルマン兄さまも誘ったけれど断られて、ヨアヒム兄さまだけが付き合ってくれた。満月に照らされた庭園の薔薇の花がとてもきれいだったのを覚えている。

「随分お転婆な王女様だな。怒られたりしなかった?」
「怒られたに決まってるじゃない。『あなたみたいな悪い子はハーディに聖誕節のプレゼントを取り上げられてしまうわよ』ってお母さまに言われたわ」
「心外だ。おれは人の物を盗ったりしないよ」

 数あるハーディの謂れの一つだけれど、本人としては納得いかないものもあるらしい。

「にしてもおいしい……捨てたのが酒でよかった。これを食べられずにいるのはちょっと惜しい」
「捨てたってどういうこと?」
「ああ、『嘘』と一緒で魔術を使う時にそう契約したから、おれは酒が飲めないんだよ」

「そもそも、その契約ってどういうことなの?」
 当然のようにハーディは言うけど、わたしはそもそもの魔法の仕組みがよく分からない。誰でも、例えばわたしでも、契約すれば魔法が使えるようになるんだろうか。

「素質、つまり魔力の『器』のある人間っていうのがいて、その器がこのカップだとする」
 ハーディは空になった自分のカップを示した。

「魔力の源はこの世界のどこにでもあるもので、魔術師は契約で対価を払うことによって、それを自分の器に取り込むことができる。ちょうど、このカップにお茶を注ぐように」
 お代わりの紅茶を注いで、ハーディは続ける。

「器を超える魔力は得られない。だけど、器が大きくても対価が見合ってなかったら、大きな魔力は得られない。自分の器に見合った対価を払えるかが契約の胆ではある」
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