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第一部

24.右胸の花

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 ハーディは残り一重だけになっている呪いをそっとなぞった。
 すると、下腹部の棘のある蔓がするするとわたしの体を這って、無数に散らされた赤い痕と繋がり、右胸できれいな花を咲かせた。

「きれい……なあに、これ」
「最初に呪いの話をしたのは覚えてる?」
 わたしはあの時の話を思い出しながら頷いた。

「君の呪いのうち、快感を拾わない呪いと、挿入された男根を破壊する呪いをおれは解いた。だから、君に残っているのは君の子宮が爆発する呪いだけだ。この呪いはこの順番じゃないと解けないようになってるから仕方ないけど、今君がどこかの不埒な輩に無理やり抱かれたらどうなると思う?」
「……えっと、わたしだけが……死ぬ?」

 子宮が爆発して。

「正解」

 背筋をぞっとしたものが駆け抜けた。よくできましたとばかりにハーディが頭を撫でるけれど、冗談じゃない。

「だから、代わりにちょっと細工をした」

 それがこの赤い花ということらしい。
 最後の呪いを解く時に、この細工も一緒に解くとハーディは言った。
 痕と同じで、この花はわたしにしか見えないらしい。棘のある蔓と相まって、わたしの体に咲いた花は、本物の薔薇のようにきれいだった。
 わたしだけに、ハーディがくれた、美しい花。
 うっとりと花を指先で撫でていたら、ハーディが自嘲するように吐き捨てた。

「……ってもそんないいものじゃないよ」
「どういうこと?」
「これはおれが昔作った呪い」
「えっ……」
「前に話しただろ? 王様に金塊をもらった話。おれはあの時、それを対価に王様の妃を呪った」

 どこかの国の王様はそれはそれは美しい王妃を娶った。
 けれど、王妃は美しすぎて、王様だけのものにはならなかった。城に沢山の男を招き入れ、自ら体を開き、彼らを求めたという。
 美しい王妃の不貞を嘆いた王様は、ハーディに頼んで、王妃を呪った。
 自分以外が、彼女を抱くことができないように。自分だけが彼女を愛することができるように。

「体だけを縛っても虚しいだけなのにな」

 天を仰いで、ハーディが言う。
 ああ、あの淫夢が悲しかった理由がやっとわかった。

 王様とわたしの何が違うのだろう。
 彼の青い瞳に映るのがわたしだけならいいと思うと。
 愛する妻を自分だけが抱けるようにした王様と。
 呪いとこの想いの何が違うのか、わたしにはわからなかった。

「その王様は、王妃様はどうなったの?」
「さあね。おれは知らない」

 ハーディの目は何も映していなくて、わたしはそれ以上何も聞くことができなかった。
 ただもう一度、その銀髪に触れたいと思った。


 ***
 

 残りの呪いはあと一つ。
 呪いが全部解けたら、わたしはどうなってしまうんだろう。

「ねえ、どう思う? 小鳥さん」

 今日の小鳥は珍しく何の花も持ってこなかった。それどころか眠たいようで、半分目を閉じてゆらゆらと飛んでいた。心配なのでふわふわのタオルを持ってきて畳んで示すと、寝床とばかりに体を丸めて、気持ちよさそうに眠り始めた。何しに来たのかしら、この鳥。

「ぴぃ?」
 退屈なので翼をつんつんしてみたら、小鳥は青い目を半分だけ開けて、気怠そうにこっちを見遣る。

「ぴぃぃ……」
 突かれたのか不服だったのか、小鳥はわたしに背中を向けてまた丸まった。そんなに眠いのなら巣にでも帰って眠ればいいのに。

 そういえば、ハーディはいつもどこに帰るのだろうか。そもそもどこから来るのだろう。
 昔話の悪い魔法使いみたいに、森の奥にひっそりと住んでいるんだろうか。淫夢で見た時は部屋の中しか見えなかった。あんな見た目のいい魔術師が森に引きこもっていたら、王都の娘たちもみんな森に通うんじゃないかしら。

 呪いが解けても、またハーディに会えるだろうか。また、この窓に舞い降りてくれるだろうか。
 なんて理由を付けて呼べばいいんだろう。呪いのないわたしに、ハーディはきっと用はない。
 呪いを解きたいとずっと思っていた。けれど、今わたしとハーディを繋いでいるものはこの呪いだけで。これを手放したらわたしはもうハーディに会えない気がした。

 気が付いたら、わたしは右胸の花を、服の上からぎゅっと握りしめていた。
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