24 / 68
第一部
24.右胸の花
しおりを挟む
ハーディは残り一重だけになっている呪いをそっとなぞった。
すると、下腹部の棘のある蔓がするするとわたしの体を這って、無数に散らされた赤い痕と繋がり、右胸できれいな花を咲かせた。
「きれい……なあに、これ」
「最初に呪いの話をしたのは覚えてる?」
わたしはあの時の話を思い出しながら頷いた。
「君の呪いのうち、快感を拾わない呪いと、挿入された男根を破壊する呪いをおれは解いた。だから、君に残っているのは君の子宮が爆発する呪いだけだ。この呪いはこの順番じゃないと解けないようになってるから仕方ないけど、今君がどこかの不埒な輩に無理やり抱かれたらどうなると思う?」
「……えっと、わたしだけが……死ぬ?」
子宮が爆発して。
「正解」
背筋をぞっとしたものが駆け抜けた。よくできましたとばかりにハーディが頭を撫でるけれど、冗談じゃない。
「だから、代わりにちょっと細工をした」
それがこの赤い花ということらしい。
最後の呪いを解く時に、この細工も一緒に解くとハーディは言った。
痕と同じで、この花はわたしにしか見えないらしい。棘のある蔓と相まって、わたしの体に咲いた花は、本物の薔薇のようにきれいだった。
わたしだけに、ハーディがくれた、美しい花。
うっとりと花を指先で撫でていたら、ハーディが自嘲するように吐き捨てた。
「……ってもそんないいものじゃないよ」
「どういうこと?」
「これはおれが昔作った呪い」
「えっ……」
「前に話しただろ? 王様に金塊をもらった話。おれはあの時、それを対価に王様の妃を呪った」
どこかの国の王様はそれはそれは美しい王妃を娶った。
けれど、王妃は美しすぎて、王様だけのものにはならなかった。城に沢山の男を招き入れ、自ら体を開き、彼らを求めたという。
美しい王妃の不貞を嘆いた王様は、ハーディに頼んで、王妃を呪った。
自分以外が、彼女を抱くことができないように。自分だけが彼女を愛することができるように。
「体だけを縛っても虚しいだけなのにな」
天を仰いで、ハーディが言う。
ああ、あの淫夢が悲しかった理由がやっとわかった。
王様とわたしの何が違うのだろう。
彼の青い瞳に映るのがわたしだけならいいと思うと。
愛する妻を自分だけが抱けるようにした王様と。
呪いとこの想いの何が違うのか、わたしにはわからなかった。
「その王様は、王妃様はどうなったの?」
「さあね。おれは知らない」
ハーディの目は何も映していなくて、わたしはそれ以上何も聞くことができなかった。
ただもう一度、その銀髪に触れたいと思った。
***
残りの呪いはあと一つ。
呪いが全部解けたら、わたしはどうなってしまうんだろう。
「ねえ、どう思う? 小鳥さん」
今日の小鳥は珍しく何の花も持ってこなかった。それどころか眠たいようで、半分目を閉じてゆらゆらと飛んでいた。心配なのでふわふわのタオルを持ってきて畳んで示すと、寝床とばかりに体を丸めて、気持ちよさそうに眠り始めた。何しに来たのかしら、この鳥。
「ぴぃ?」
退屈なので翼をつんつんしてみたら、小鳥は青い目を半分だけ開けて、気怠そうにこっちを見遣る。
「ぴぃぃ……」
突かれたのか不服だったのか、小鳥はわたしに背中を向けてまた丸まった。そんなに眠いのなら巣にでも帰って眠ればいいのに。
そういえば、ハーディはいつもどこに帰るのだろうか。そもそもどこから来るのだろう。
昔話の悪い魔法使いみたいに、森の奥にひっそりと住んでいるんだろうか。淫夢で見た時は部屋の中しか見えなかった。あんな見た目のいい魔術師が森に引きこもっていたら、王都の娘たちもみんな森に通うんじゃないかしら。
呪いが解けても、またハーディに会えるだろうか。また、この窓に舞い降りてくれるだろうか。
なんて理由を付けて呼べばいいんだろう。呪いのないわたしに、ハーディはきっと用はない。
呪いを解きたいとずっと思っていた。けれど、今わたしとハーディを繋いでいるものはこの呪いだけで。これを手放したらわたしはもうハーディに会えない気がした。
気が付いたら、わたしは右胸の花を、服の上からぎゅっと握りしめていた。
すると、下腹部の棘のある蔓がするするとわたしの体を這って、無数に散らされた赤い痕と繋がり、右胸できれいな花を咲かせた。
「きれい……なあに、これ」
「最初に呪いの話をしたのは覚えてる?」
わたしはあの時の話を思い出しながら頷いた。
「君の呪いのうち、快感を拾わない呪いと、挿入された男根を破壊する呪いをおれは解いた。だから、君に残っているのは君の子宮が爆発する呪いだけだ。この呪いはこの順番じゃないと解けないようになってるから仕方ないけど、今君がどこかの不埒な輩に無理やり抱かれたらどうなると思う?」
「……えっと、わたしだけが……死ぬ?」
子宮が爆発して。
「正解」
背筋をぞっとしたものが駆け抜けた。よくできましたとばかりにハーディが頭を撫でるけれど、冗談じゃない。
「だから、代わりにちょっと細工をした」
それがこの赤い花ということらしい。
最後の呪いを解く時に、この細工も一緒に解くとハーディは言った。
痕と同じで、この花はわたしにしか見えないらしい。棘のある蔓と相まって、わたしの体に咲いた花は、本物の薔薇のようにきれいだった。
わたしだけに、ハーディがくれた、美しい花。
うっとりと花を指先で撫でていたら、ハーディが自嘲するように吐き捨てた。
「……ってもそんないいものじゃないよ」
「どういうこと?」
「これはおれが昔作った呪い」
「えっ……」
「前に話しただろ? 王様に金塊をもらった話。おれはあの時、それを対価に王様の妃を呪った」
どこかの国の王様はそれはそれは美しい王妃を娶った。
けれど、王妃は美しすぎて、王様だけのものにはならなかった。城に沢山の男を招き入れ、自ら体を開き、彼らを求めたという。
美しい王妃の不貞を嘆いた王様は、ハーディに頼んで、王妃を呪った。
自分以外が、彼女を抱くことができないように。自分だけが彼女を愛することができるように。
「体だけを縛っても虚しいだけなのにな」
天を仰いで、ハーディが言う。
ああ、あの淫夢が悲しかった理由がやっとわかった。
王様とわたしの何が違うのだろう。
彼の青い瞳に映るのがわたしだけならいいと思うと。
愛する妻を自分だけが抱けるようにした王様と。
呪いとこの想いの何が違うのか、わたしにはわからなかった。
「その王様は、王妃様はどうなったの?」
「さあね。おれは知らない」
ハーディの目は何も映していなくて、わたしはそれ以上何も聞くことができなかった。
ただもう一度、その銀髪に触れたいと思った。
***
残りの呪いはあと一つ。
呪いが全部解けたら、わたしはどうなってしまうんだろう。
「ねえ、どう思う? 小鳥さん」
今日の小鳥は珍しく何の花も持ってこなかった。それどころか眠たいようで、半分目を閉じてゆらゆらと飛んでいた。心配なのでふわふわのタオルを持ってきて畳んで示すと、寝床とばかりに体を丸めて、気持ちよさそうに眠り始めた。何しに来たのかしら、この鳥。
「ぴぃ?」
退屈なので翼をつんつんしてみたら、小鳥は青い目を半分だけ開けて、気怠そうにこっちを見遣る。
「ぴぃぃ……」
突かれたのか不服だったのか、小鳥はわたしに背中を向けてまた丸まった。そんなに眠いのなら巣にでも帰って眠ればいいのに。
そういえば、ハーディはいつもどこに帰るのだろうか。そもそもどこから来るのだろう。
昔話の悪い魔法使いみたいに、森の奥にひっそりと住んでいるんだろうか。淫夢で見た時は部屋の中しか見えなかった。あんな見た目のいい魔術師が森に引きこもっていたら、王都の娘たちもみんな森に通うんじゃないかしら。
呪いが解けても、またハーディに会えるだろうか。また、この窓に舞い降りてくれるだろうか。
なんて理由を付けて呼べばいいんだろう。呪いのないわたしに、ハーディはきっと用はない。
呪いを解きたいとずっと思っていた。けれど、今わたしとハーディを繋いでいるものはこの呪いだけで。これを手放したらわたしはもうハーディに会えない気がした。
気が付いたら、わたしは右胸の花を、服の上からぎゅっと握りしめていた。
5
お気に入りに追加
247
あなたにおすすめの小説
可愛すぎてつらい
羽鳥むぅ
恋愛
無表情で無口な「氷伯爵」と呼ばれているフレッドに嫁いできたチェルシーは彼との関係を諦めている。
初めは仲良くできるよう努めていたが、素っ気ない態度に諦めたのだ。それからは特に不満も楽しみもない淡々とした日々を過ごす。
初恋も知らないチェルシーはいつか誰かと恋愛したい。それは相手はフレッドでなくても構わない。どうせ彼もチェルシーのことなんてなんとも思っていないのだから。
しかしある日、拾ったメモを見て彼の新しい一面を知りたくなってしまう。
***
なんちゃって西洋風です。実際の西洋の時代背景や生活様式とは異なることがあります。ご容赦ください。
ムーンさんでも同じものを投稿しています。
国王陛下は愛する幼馴染との距離をつめられない
迷い人
恋愛
20歳になっても未だ婚約者どころか恋人すらいない国王ダリオ。
「陛下は、同性しか愛せないのでは?」
そんな噂が世間に広がるが、王宮にいる全ての人間、貴族と呼ばれる人間達は真実を知っていた。
ダリオが、幼馴染で、学友で、秘書で、護衛どころか暗殺までしちゃう、自称お姉ちゃんな公爵令嬢ヨナのことが幼い頃から好きだと言うことを。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
【完結】裏切られたあなたにもう二度と恋はしない
たろ
恋愛
優しい王子様。あなたに恋をした。
あなたに相応しくあろうと努力をした。
あなたの婚約者に選ばれてわたしは幸せでした。
なのにあなたは美しい聖女様に恋をした。
そして聖女様はわたしを嵌めた。
わたしは地下牢に入れられて殿下の命令で騎士達に犯されて死んでしまう。
大好きだったお父様にも見捨てられ、愛する殿下にも嫌われ酷い仕打ちを受けて身と心もボロボロになり死んでいった。
その時の記憶を忘れてわたしは生まれ変わった。
知らずにわたしはまた王子様に恋をする。
第二王子の婚約者候補になりましたが、専属護衛騎士が好みのタイプで困ります!
春浦ディスコ
恋愛
王城でのガーデンパーティーに参加した伯爵令嬢のシャルロットは第二王子の婚約者候補に選ばれる。
それが気に食わないもう一人の婚約者候補にビンタされると、騎士が助けてくれて……。
第二王子の婚約者候補になったシャルロットが堅物な専属護衛騎士のアランと両片思いを経たのちに溺愛されるお話。
前作「婚活に失敗したら第四王子の家庭教師になりました」と同じ世界観ですが、単品でお読みいただけます。
【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。
たろ
恋愛
幼馴染のロード。
学校を卒業してロードは村から街へ。
街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。
ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。
なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。
ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。
それも女避けのための(仮)の恋人に。
そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。
ダリアは、静かに身を引く決意をして………
★ 短編から長編に変更させていただきます。
すみません。いつものように話が長くなってしまいました。
この度、青帝陛下の番になりまして
四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる