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第一部

10.おれの魔法のせい

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 目が覚めると、ハーディがやりかけのまま散らかした刺繍を見ていた。コルネリアの淹れてくれた夕食の後のお茶を飲んで寝台に座ったところまでは覚えているのに、また眠っていたらしい。

 開けた窓の向こうで少し欠けた月が、高く昇っている。

「すごいな」
 魔術師に手放しで褒められると何だかそれだけで気恥ずかしくなる。ハーディの魔法なら、もっとすごいことが簡単にできるでしょうに。

「大したことないわ。あなたも欲しいなら作ってあげるわよ。ヘルマンお兄さまと同じイニシャルだもの」

 ハーディの綴りはおそらくHardy。わたしの得意なHだ。

「ああ、そうか。Hになるのか」
 もっと喜んでくれるかと思ったのに、ハーディはすっきりしない返答をする。ぼんやりと、月を見上げて考え込んでいた。

「どうせ作ってもらえるならEがいい、かな」
 いつもの飄々した感じではなくて、消え入りそうな声で。
 ハーディが呟いた言葉はふわりと漂っていって、わたしには意味がよく分からなかった。

「ところで。窓を開けたまま寝るのは感心しないな」
 刺繍枠を置いたハーディがわたしの横に座る。

「ちゃんと窓と鍵は閉めておくこと、いいね?」
「そしたらあなたはどうするのよ?」
「おれは魔術師だから鍵の一つや二つなんてことはないよ」
「だったら結局意味ないんじゃないかしら?」
 現にこうして侵入者は目の前にいるのだから。

「なるほど、じゃあこうしよう」
 ハーディは人差し指を立ててくるりと二回回し、開け放たれた窓へと向けた。パチンと音がして窓が閉まる。

「これでこの窓からはおれしか入れない。安心だろ?」
 それが一番危ない気がしたけれど、わたしは言わないことにした。

「さてと」
 ハーディがわたしの肩に手を置いた。

 咄嗟にわたしは目を瞑る。また何か恐ろしいことをされる気がして。でも続きをやると決めたのはわたしだ。これは呪いを解くために必要なことだから。

 どのぐらいの間そうしていただろう。

 けれど、ハーディは何もしてこなかった。
「ねぇ、王女様。目を開けて」
 耳元で囁く声は驚くほどに優しかった。

 恐る恐る目を開けると、ハーディがこつんと額を合わせてきた。すぐ傍に整った顔がある。


「これからおれは君に魔法をかける。これからどんなことが君に起こったとしてもそれは全部魔法のせいだ、いいね」


「ぜんぶ、魔法のせい」
「そう、全部おれとおれの魔法のせい」

 頷くと、ハーディは悪戯っぽく笑った。
 そのまま頬にキスが落ちて、わたしは彼の言う通り、魔法にかけられた。
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