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第一部

4.現れた魔術師ー②

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「大魔術師って……自分で名乗る奴はいないと思うよ。まあそれなりに長生きしている魔術師ではあるかな」
 わたしは一つ呼吸を整えて立ち上がる。

 名乗るからには、屈膝礼カーテシーでもするべきかしらと悩んだ。でも着ているものは簡素なナイトウェアでしかないから、どうやっても様になんかならない。
「わたしはルイーゼ。ルイーゼ=アーベントロート」
 結局、わたしは普通に名乗っただけだった。

「なるほど、末の王女様か」
 末の王女。三王子の下に生まれたわたしのことを、そう呼ぶ人は多い。
「それにしても、覗きとは感心しない」
 ハーディは青い目を鋭くしてそう言った。目が合った気がしたのは気のせいではなかったらしい。

「別に好きで覗いているわけじゃないわ」
 わたしだって淫夢を見ない方法があるのなら教えてほしいぐらいだ。
「お子様には刺激が強すぎるんじゃないかな」
 一体いくつだと思われているのかしら。これでも一応この国の成人年齢の十八歳は超えているのだけど。
 ハーディはわたしの顎に手を置いてしげしげと顔を覗き込んできた。美形にこんな至近距離で見つめられると、どうしていいか分からなくなる。

「変わった目をしてるね。でも、魔術師ではなさそうだ」
 そんなことを言えば、ハーディの瞳の方がよっぽど変わっている。吸い込まれそうだ。わたしは確かにお祖母さまと同じ色の目ではあるけど、なんの魔法も使えない。
「おれの結界を破ってくるぐらいだから、どんな魔術師かと思ったんだけど、まさかこんな」
 つまり、わたしが淫夢で覗いていることに気づいて、その気配を追って彼はここまで来たということなのか。

「悪かったわね」
 こんな、のあとの言葉が決して誉め言葉ではことはその声色から容易に想像ができてしまった。わたしは彼の手を振り切って横を向いた。

「こんなかわいいお姫様だとは思わなかった、って言うつもりだったんだけど?」
 打って変わって蜂蜜のような声がそう言うので、誘われるままにまたハーディの方を見てしまう。
「きっと誰にだってそう言うんだわ」
「言ってくれるね」
 満足気に口角を上げてハーディが笑う。

「さて、まあでもこれなら問題はなさそうだな。帰るか」
 ハーディは現れた時と同じように、ふわりとローブを翻そうとした。窓枠に長い脚がかかる。
 もしかして、これは願ってもないチャンスではないかしら。

 魔術師は気まぐれで、例えばどんなにお金を積んでも必ず会えるわけではないと聞く。しかも、わたしの目の前にいるのはあの『ハーディ』だ。
 彼なら、わたしの呪いを解くことができるかもしれない。正攻法では願いを聞いてもらえるとは思えなかったけれど。
「待って!」
 咄嗟に、そのローブを掴んだ。
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