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9.事の顛末
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「ナターシャ、ちょっといいかい?」
「あら、ツィスカ。ごきげんよう」
いつものように食堂で見つけた彼女を睨みつける。今日は隣ではなくて、向かいに座った。
「君はレオンに何を吹き込んだんだ?」
取調官のように、フランツィスカは体の前で手を組んだ。さて、何から聞き出すべきか。
なんてことはない。調べてみればすぐに分かった。彼女の兄は、レオンハルトの直属の上官だった。通りで、こちらの事情に詳しいわけだ。我ながら迂闊だったと言わざるを得ない。
「別にー? “経理の鬼”の大学時代の甘い思い出を教えて差し上げただけよ」
「話を盛るにも限度があるだろう」
溜息を吐いたところで、ナターシャは余裕たっぷりに微笑んだ。
「わたしは何も嘘は言ってないわよ?」
「どこの誰が一体モテたんだ」
「わたしの目の前にいる、フランツィスカ=リーネルト嬢。ああ、今はフランツィスカ=アメルハウザー様、ね」
「だから、それは君の作り話で」
「やっぱり気づいてなかったのね」
細い指を頬に当てて、ナターシャは可愛らしく小首を傾げた。
「毎週違う人から手紙もらってたじゃない」
「あれはただの事業計画書だろう」
喧嘩を売られたことなら事欠かないが、色恋には程遠いはずだ。
「それはツィスカが『つまらない話をするぐらいなら、事業計画書の一つでも持ってきたまえ』って突っ撥ねたからでしょう? 忘れたの?」
それは、確かに覚えがある。どういう着地点なのかも分からない話を延々と聞かされたので、そう返したのだ。
「あの人達、みんなあなたと話がしたかったのよ。だから、“王国の獅子”にも教えてあげたってわけ」
「そう、なのか……」
全然知らなかった。気づくところか夢にも思わなかった。ナターシャが話してくれなかったら一生気づかないままだったと思う。
「ちょっとした嫉妬は最高の恋のスパイスっていうじゃない? めくるめく夜を過ごして欲しかったのよ」
「さようでございますか」
おかげさまで大変な目に遭った。
「で、どうだった? 首尾のほどは」
教える気はないけれど、次の日はまったく足腰が立たなかった。生まれたての小鹿のようにぷるぷると震えるフランツィスカを、また軽々とレオンハルトは抱き上げて。バツが悪そうにそれでも嬉しそうに笑っていた。
「ツィスカさん!」
ナターシャの言葉を遮って、聞こえてきたのは快活な声だった。いきなり後ろから抱き着いてきたのは、言うまでもなくレオンハルトその人である。胸の前で交差する力強い男の腕。
「レオン」
「はい、ツィスカさん」
「こういうことは家に帰ってからにしたまえ」
朝も散々引っ付いてきて、まだそこまで時間も経っていないのに。
「帰ったら、俺の好きなようにしていいんですか?」
「……まあ、ある程度なら」
ということで今ツィスカは犬に「待て」を教えている最中である。ここでされるよりは、余程いい。
「じゃあ、今は我慢します」
回された腕がそっと離れる。恨めしいのは、それとなく離れがたくなってしまう我が身である。「ぜったいですよ!」と念を押して、レオンハルトは尻尾を振って去っていった。
再び向き直ると、親友の顔には「面白くてしょうがない」と大きな字で書いてあった。
「聞かなくても分かっちゃったわね」
「何が」
まあ聞かなくても大方のことは察しがついているのだけれど。
「“経理の鬼”が“王国の獅子”を篭絡したんじゃなくて、“王国の獅子”が“経理の鬼”を射止めたってこと」
それについては、否定をする余地がなかった。
「そういうことに、なるのかもね」
だって、フランツィスカはあの目に一度も勝てたことがない。
だから二人は顔を見合わせて、声を立てて笑った。
「あら、ツィスカ。ごきげんよう」
いつものように食堂で見つけた彼女を睨みつける。今日は隣ではなくて、向かいに座った。
「君はレオンに何を吹き込んだんだ?」
取調官のように、フランツィスカは体の前で手を組んだ。さて、何から聞き出すべきか。
なんてことはない。調べてみればすぐに分かった。彼女の兄は、レオンハルトの直属の上官だった。通りで、こちらの事情に詳しいわけだ。我ながら迂闊だったと言わざるを得ない。
「別にー? “経理の鬼”の大学時代の甘い思い出を教えて差し上げただけよ」
「話を盛るにも限度があるだろう」
溜息を吐いたところで、ナターシャは余裕たっぷりに微笑んだ。
「わたしは何も嘘は言ってないわよ?」
「どこの誰が一体モテたんだ」
「わたしの目の前にいる、フランツィスカ=リーネルト嬢。ああ、今はフランツィスカ=アメルハウザー様、ね」
「だから、それは君の作り話で」
「やっぱり気づいてなかったのね」
細い指を頬に当てて、ナターシャは可愛らしく小首を傾げた。
「毎週違う人から手紙もらってたじゃない」
「あれはただの事業計画書だろう」
喧嘩を売られたことなら事欠かないが、色恋には程遠いはずだ。
「それはツィスカが『つまらない話をするぐらいなら、事業計画書の一つでも持ってきたまえ』って突っ撥ねたからでしょう? 忘れたの?」
それは、確かに覚えがある。どういう着地点なのかも分からない話を延々と聞かされたので、そう返したのだ。
「あの人達、みんなあなたと話がしたかったのよ。だから、“王国の獅子”にも教えてあげたってわけ」
「そう、なのか……」
全然知らなかった。気づくところか夢にも思わなかった。ナターシャが話してくれなかったら一生気づかないままだったと思う。
「ちょっとした嫉妬は最高の恋のスパイスっていうじゃない? めくるめく夜を過ごして欲しかったのよ」
「さようでございますか」
おかげさまで大変な目に遭った。
「で、どうだった? 首尾のほどは」
教える気はないけれど、次の日はまったく足腰が立たなかった。生まれたての小鹿のようにぷるぷると震えるフランツィスカを、また軽々とレオンハルトは抱き上げて。バツが悪そうにそれでも嬉しそうに笑っていた。
「ツィスカさん!」
ナターシャの言葉を遮って、聞こえてきたのは快活な声だった。いきなり後ろから抱き着いてきたのは、言うまでもなくレオンハルトその人である。胸の前で交差する力強い男の腕。
「レオン」
「はい、ツィスカさん」
「こういうことは家に帰ってからにしたまえ」
朝も散々引っ付いてきて、まだそこまで時間も経っていないのに。
「帰ったら、俺の好きなようにしていいんですか?」
「……まあ、ある程度なら」
ということで今ツィスカは犬に「待て」を教えている最中である。ここでされるよりは、余程いい。
「じゃあ、今は我慢します」
回された腕がそっと離れる。恨めしいのは、それとなく離れがたくなってしまう我が身である。「ぜったいですよ!」と念を押して、レオンハルトは尻尾を振って去っていった。
再び向き直ると、親友の顔には「面白くてしょうがない」と大きな字で書いてあった。
「聞かなくても分かっちゃったわね」
「何が」
まあ聞かなくても大方のことは察しがついているのだけれど。
「“経理の鬼”が“王国の獅子”を篭絡したんじゃなくて、“王国の獅子”が“経理の鬼”を射止めたってこと」
それについては、否定をする余地がなかった。
「そういうことに、なるのかもね」
だって、フランツィスカはあの目に一度も勝てたことがない。
だから二人は顔を見合わせて、声を立てて笑った。
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