7 / 9
7.利益相反
しおりを挟む
レオンハルトは泣いていた。
「ごめんなさい」
大きな肩を震わせて、これまた大きな手を握って、眦を拭う。何がこんなに彼を悲しくさせているのだろう。
「おかしいと思ってたんです。やっぱりこんなこと、続けちゃいけない」
「いやいやいや!」
フランツィスカはそれを見て面食らってしまった。こんなことってどんなことだ。人を散々煽っておいて、こんなところでやめるやつがあるか。上がった心拍数と疼いている体を、早くどうにかしてほしいのに。利益相反も甚だしい。
「挿れてもらわなければ困る。できればそう、可及的速やかに!!」
彼が泣き止む兆しはない。
流れ落ちた澄んだ涙は、ぽつりと小さくシーツに染みを作った。
「こういうことは、ちゃんと、好きな人同士でするべきです」
けれど血を吐くような悲痛な声に、どう返事をしていいのか分からなくなった。
「フランツィスカさん」
抱き起こされたかと思うと、背中に回った腕はしなやかな檻のようにフランツィスカを閉じ込める。ふわりと、同じ石鹸の匂いがした。
「俺、あなたのことが好きです」
こつんと肩に置かれた茶色の頭。突然の告白に息が止まるかと思った。
「フランツィスカさんは、どうですか」
「私は……」
そんなことを、考えたこともなかった。
政略結婚に好意が必要かと問われれば、フランツィスカは否と応える。
必要なのは家と家との結びつきであり、恋愛感情は二の次三の次、まあ五番目ぐらいにあってもいいかなというものだ。なくても別にいいと思っていた。
「俺ずっと不安だったんです。フランツィスカさんは大人だし、落ち着いてて」
落ち着いているのはそう見せかけているだけで、大して余裕があるわけではない。この容姿で舐められたくないから、そうしてるだけだ。
「ナターシャさんは『大学の頃からすっごいモテたわよ』って言うし。遠征の時も、もしも誰かに取られたらどうしようって」
「待って、どうしてそうなった」
記憶にある限りモテたことなんて一度もないのだけれど。あいつ、あることないこと適当に吹き込んだなと親友の妖艶な笑顔が浮かんで消えた。
「俺なんかでいいのかなって、ずっと思ってました」
抱きしめる腕の力が強くなる。荒い呼吸の合間に、嗚咽が混じる。彼はまだ泣いている。
とりあえず、親友を詰問するのは後日だ。当面の問題はこっちである。
「……そういうことは、よく分からなくて」
泣きじゃくる茶色の頭を撫でる。申し訳なく思う一方で、自分の腕の中にいる男のことが無性に愛おしく感じた。レオンハルトはフランツィスカの為に泣いてくれているのだ。
「法律と計算のことしか考えてこなかったんだ。だから、本当に分からない」
できるだけ正直な言葉で応えたかった。レオンハルトは一度も、フランツィスカのことを生意気だとも小賢しいとも言わなかった。
そして、「寂しい」と言ってくれてフランツィスカは確かに救われたから。
「けどね、朝起きた時にさ、考えるんだ。今日が君にとっていい日だったらいいなって」
ふとした時に、レオンハルトのことを考えた。考えてもどうしようもないことを考えるのは我ながら愚かだと思ったけれど。彼のことを考えると、なんだかふわりと心が軽くなった。そうして、また会える日に思いを馳せた。
「ついでに寝る時にも考えるんだ。今日どんな風に過ごしたかなって。幸せでいてくれたらいいなって」
レオンハルトがはっと顔を上げる。
「どうかな。これで返事になっているかな?」
きょとんとした榛の瞳。くりくりとしたその目から、みるみる涙が消えていく。
「フランツィスカさんっ」
強い力で肩を掴まれる。
「どうか、ツィスカと」
「ツィスカ?」
確かめるように、レオンハルトは言う。
「近しい人はね、私のことをそう呼ぶんだ」
リーネルト家の家族もナターシャも、みんな自分のことをそう呼んでいる。
君はきっと、誰より私に近しい人になるのだから。
「君のことは、レオンって呼んでもいいかな」
返事の代わりにまた口づけられた。首に回された手が、逃さないとばかりに求めてくる。舌を絡めて強く吸い上げられる。これでは名前を呼べないなと思ったけれど、それでもいいかと思えた。
「俺が言うのも、どうかと思うんですけど」
「うん」
「ツィスカさん、多分俺のこと、好きだと思います」
「そうか」
どうやら、多分、おそらく。
私は、君のことが好きなのか。
「じゃあこういうことをしても何の問題もないね?」
「そういうこと、ですね」
「ごめんなさい」
大きな肩を震わせて、これまた大きな手を握って、眦を拭う。何がこんなに彼を悲しくさせているのだろう。
「おかしいと思ってたんです。やっぱりこんなこと、続けちゃいけない」
「いやいやいや!」
フランツィスカはそれを見て面食らってしまった。こんなことってどんなことだ。人を散々煽っておいて、こんなところでやめるやつがあるか。上がった心拍数と疼いている体を、早くどうにかしてほしいのに。利益相反も甚だしい。
「挿れてもらわなければ困る。できればそう、可及的速やかに!!」
彼が泣き止む兆しはない。
流れ落ちた澄んだ涙は、ぽつりと小さくシーツに染みを作った。
「こういうことは、ちゃんと、好きな人同士でするべきです」
けれど血を吐くような悲痛な声に、どう返事をしていいのか分からなくなった。
「フランツィスカさん」
抱き起こされたかと思うと、背中に回った腕はしなやかな檻のようにフランツィスカを閉じ込める。ふわりと、同じ石鹸の匂いがした。
「俺、あなたのことが好きです」
こつんと肩に置かれた茶色の頭。突然の告白に息が止まるかと思った。
「フランツィスカさんは、どうですか」
「私は……」
そんなことを、考えたこともなかった。
政略結婚に好意が必要かと問われれば、フランツィスカは否と応える。
必要なのは家と家との結びつきであり、恋愛感情は二の次三の次、まあ五番目ぐらいにあってもいいかなというものだ。なくても別にいいと思っていた。
「俺ずっと不安だったんです。フランツィスカさんは大人だし、落ち着いてて」
落ち着いているのはそう見せかけているだけで、大して余裕があるわけではない。この容姿で舐められたくないから、そうしてるだけだ。
「ナターシャさんは『大学の頃からすっごいモテたわよ』って言うし。遠征の時も、もしも誰かに取られたらどうしようって」
「待って、どうしてそうなった」
記憶にある限りモテたことなんて一度もないのだけれど。あいつ、あることないこと適当に吹き込んだなと親友の妖艶な笑顔が浮かんで消えた。
「俺なんかでいいのかなって、ずっと思ってました」
抱きしめる腕の力が強くなる。荒い呼吸の合間に、嗚咽が混じる。彼はまだ泣いている。
とりあえず、親友を詰問するのは後日だ。当面の問題はこっちである。
「……そういうことは、よく分からなくて」
泣きじゃくる茶色の頭を撫でる。申し訳なく思う一方で、自分の腕の中にいる男のことが無性に愛おしく感じた。レオンハルトはフランツィスカの為に泣いてくれているのだ。
「法律と計算のことしか考えてこなかったんだ。だから、本当に分からない」
できるだけ正直な言葉で応えたかった。レオンハルトは一度も、フランツィスカのことを生意気だとも小賢しいとも言わなかった。
そして、「寂しい」と言ってくれてフランツィスカは確かに救われたから。
「けどね、朝起きた時にさ、考えるんだ。今日が君にとっていい日だったらいいなって」
ふとした時に、レオンハルトのことを考えた。考えてもどうしようもないことを考えるのは我ながら愚かだと思ったけれど。彼のことを考えると、なんだかふわりと心が軽くなった。そうして、また会える日に思いを馳せた。
「ついでに寝る時にも考えるんだ。今日どんな風に過ごしたかなって。幸せでいてくれたらいいなって」
レオンハルトがはっと顔を上げる。
「どうかな。これで返事になっているかな?」
きょとんとした榛の瞳。くりくりとしたその目から、みるみる涙が消えていく。
「フランツィスカさんっ」
強い力で肩を掴まれる。
「どうか、ツィスカと」
「ツィスカ?」
確かめるように、レオンハルトは言う。
「近しい人はね、私のことをそう呼ぶんだ」
リーネルト家の家族もナターシャも、みんな自分のことをそう呼んでいる。
君はきっと、誰より私に近しい人になるのだから。
「君のことは、レオンって呼んでもいいかな」
返事の代わりにまた口づけられた。首に回された手が、逃さないとばかりに求めてくる。舌を絡めて強く吸い上げられる。これでは名前を呼べないなと思ったけれど、それでもいいかと思えた。
「俺が言うのも、どうかと思うんですけど」
「うん」
「ツィスカさん、多分俺のこと、好きだと思います」
「そうか」
どうやら、多分、おそらく。
私は、君のことが好きなのか。
「じゃあこういうことをしても何の問題もないね?」
「そういうこと、ですね」
1
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
大きな騎士は小さな私を小鳥として可愛がる
月下 雪華
恋愛
大きな魔獣戦を終えたベアトリスの夫が所属している戦闘部隊は王都へと無事帰還した。そうして忙しない日々が終わった彼女は思い出す。夫であるウォルターは自分を小動物のように可愛がること、弱いものとして扱うことを。
小動物扱いをやめて欲しい商家出身で小柄な娘ベアトリス・マードックと恋愛が上手くない騎士で大柄な男のウォルター・マードックの愛の話。
【R18】軍人彼氏の秘密〜可愛い大型犬だと思っていた恋人は、獰猛な獣でした〜
レイラ
恋愛
王城で事務員として働くユフェは、軍部の精鋭、フレッドに大変懐かれている。今日も今日とて寝癖を直してやったり、ほつれた制服を修繕してやったり。こんなにも尻尾を振って追いかけてくるなんて、絶対私の事好きだよね?絆されるようにして付き合って知る、彼の本性とは…
◆ムーンライトノベルズにも投稿しています。
旦那様、仕事に集中してください!~如何なる時も表情を変えない侯爵様。独占欲が強いなんて聞いていません!~
あん蜜
恋愛
いつ如何なる時も表情を変えないことで有名なアーレイ・ハンドバード侯爵と結婚した私は、夫に純潔を捧げる準備を整え、その時を待っていた。
結婚式では表情に変化のなかった夫だが、妻と愛し合っている最中に、それも初夜に、表情を変えないなんてことあるはずがない。
何の心配もしていなかった。
今から旦那様は、私だけに艶めいた表情を見せてくださる……そう思っていたのに――。
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
蜜夜、令嬢は騎士に奪われる
二階堂まや
恋愛
令嬢ディアーヌは政治家の令息であるマリウスと婚約するものの、それは愛の無いものであった。今宵の夜会でも、彼はディアーヌを放って歓談に熱中する始末である。
そんな矢先、元王立騎士団長のヴァロンがディアーヌに声をかけ、二人は夜会を抜け出すこととなる。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
愛されていない、はずでした~催眠ネックレスが繋ぐ愛~
高遠すばる
恋愛
騎士公爵デューク・ラドクリフの妻であるミリエルは、夫に愛されないことに悩んでいた。
初恋の相手である夫には浮気のうわさもあり、もう愛し合う夫婦になることは諦めていたミリエル。
そんなある日、デュークからネックレスを贈られる。嬉しい気持ちと戸惑う気持ちがミリエルの内を占めるが、それをつけると、夫の様子が豹変して――?
「ミリエル……かわいらしい、私のミリエル」
装着したものを愛してしまうという魔法のネックレスが、こじれた想いを繋ぎなおす溺愛ラブロマンス。お楽しみくだされば幸いです。
純潔の寵姫と傀儡の騎士
四葉 翠花
恋愛
侯爵家の養女であるステファニアは、国王の寵愛を一身に受ける第一寵姫でありながら、未だ男を知らない乙女のままだった。
世継ぎの王子を授かれば正妃になれると、他の寵姫たちや養家の思惑が絡み合う中、不能の国王にかわってステファニアの寝台に送り込まれたのは、かつて想いを寄せた初恋の相手だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる