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二十一、僕を許さないで

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 抱きしめながら、心の中で何度も彩恵に詫びた。

 ごめんなさい、ごめんなさい。
 僕なんかが、あなたを好きになってごめんなさい。
 兄さんのものを、欲しいと思ってごめんなさい。

 泣いたって何にもならないのに。何も変えられない惨めな涙が零れて、彩恵のすべらかな背に落ちる。

「きっと全部ね、僕のせいなんですよ」

 愛は素晴らしいものだと、人は言う。
 百貨店の一番よく見えるところに飾られている、輝かしい金塊のようなものだと。けれど、本当にそうなのだろうか。翔にはもう分からない。

 この間違いの底にあるのは、翔の愛だ。

 その金塊を一枚剥げば、そこにあるのはただの肉の喜びだ。誰かを蹂躙したい。そんな欲望にメッキをかけて、皆、素知らぬ顔で睦言を囁いている。

「っく」

 のうのうと、生きのさばる醜さを。

 本当に、愚かだ。あんなに拭い去れなかった吐き気よりも、今は射精感の方が勝っている。背にぞくぞくしたと快感が走り抜ける。強請るような媚肉に全てを持って行かれそうになる。

 これは僕だけの罪だから。

「だから、これからはずっと、」

 ぐんと押し付けて、白濁を放つ。最奥に吐き出されたそれを、膣はまるで美味しそうに飲み干していく。

 全身をくまなく駆け抜けていく恍惚に絶望した。今まで感じた何よりも、深い恍惚に浸った。

「僕のものだ」

 あなたは僕を許さなくていい。憎んでくれてもいい、恨んでくれてもいい。
 だからその間だけ僕を、あなたの心にいさせて。
 愛されたいだなんて、望まないから。

「……ける……ん」

 ぼんやりとした彼女が、夢うつつで誰かの名前を呼ぶ。伸ばされた手は翔の少し手前で、ぽとりと落ちた。それが兄の名前なのか、自分の名前なのか、確かめる術はない。

 けれどきっと、尊の名を呼んだのだろう。そうに違いない。

「ごめんね、兄さんじゃなくて」

 力ない手をそっと握って、額に当てる。また一つ、ぽたりと涙が落ちた。

 僕はただ、あなたのことを、好きでいたかっただけなんです。



 ◇ ◇ ◇



 雨が降っている。

 ぽたりぽたりと、水滴が落ちてきて彩恵は目を開けた。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 見れば、小さな男の子が泣いている。その手にぎゅっと何かを握りしめている。
 俯いて閉じた瞼から、涙が引っ切り無しに溢れていた。嗚咽を堪える度に、肩が震える。

「どうしたの」

 声を掛けても、彼は顔を上げてはくれない。ただ首を横に振るばかり。光の粒のような涙がはらはらと散る。

「ぼくのせいで、こわれちゃった。ぜんぶぼくのせいなんだ」

 ああ、傘を差さないと。
 また濡れてしまう。
 けれど、今この手には傘がない。どうすればいいのだろう。

「かけるちゃん、泣かないで」

 その目を開けて。こっちを向いて。わたしを見て。
 そっと手を伸ばす。この手を、彼は取ってくれるだろうか。


 雨はまだ、降り続いている。
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