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十五、ブリキの人形

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 あれは、いくつの頃だっただろう。
 父の取引先の誰かが、舶来の玩具おもちゃを持ってきたことがあった。

 珍しいものを持ってきて子供たちの気を引けば、頭取の覚えもよくなると思ったのだろう。よくあるご機嫌伺いだ。

 ブリキのロボット人形。ぴかぴかと輝く玩具は、発条ぜんまいを巻けばてちてちと足踏みをする。幼い翔の目にとても魅力的に見えた。

 しかしながら、それは一つしかなかった。高価なものだろうから二つも用意することができなかったのかもしれないし、そもそも息子が二人もいるとは知らなかったのかもしれない。真実は翔の手には届かないところにある。

 当然のように、人形は兄に与えられた。同じ父と母の元に生まれても、跡取りたる尊とそうでない翔は違う。何せ、夕食の膳に上がる飯菜の数さえ異なるのだから。

「いいな」
 思わず口をついていた。兄の手の中にある見たこともない玩具に、少しでも触れてみたかった。

「そうか」
 そう呟いた兄の声は平坦なもの。これといって気に留めるほどもない、いたって普通のやり取りのはずだった。





 何日かしてから、尊は翔を自分の部屋へと呼んだ。
「ほら、欲しかったんだろう?」

 ごろりと、畳の上に投げつけられたのはあのブリキの人形。

「お前にあげるよ」
 本当にいいのだろうか。恐々と手を伸ばして、そして翔は息を呑んだ。

「ひっ」
 けれど、それはもう、自分が望んだものとは違う何かだった。

 胴体にはいくつもいくつも傷が入っていて、手足は、踏みつけられたのかぐしゃりとあり得ない方向に曲がっている。片方の目が取れていて、落ち窪んだ眼窩がうつろに翔を見つめてくる。

「にいさん、どうして」

 こんなの、ひどい。あんまりだ。
 どうして、こんなことをするの。

「どうして、だって」

 その時自分を射抜いた目を、その背筋も凍るような冷たさを、翔は忘れたことはない。

「そんなことも、お前は分からないのか」
 疑問に思うことすら悪だと、兄は言う。恐ろしさに歯の根が合わなくなって、がちがちと音が鳴る。もはや玩具とは呼べないガラクタを抱きしめて震えることしかできなかった。

「お前が望んだからだろう」

「違うっ!」
「へえ、何が違う? 言ってみろよ」
「ぼ、ぼくは、僕は……」

 こんなことを望んだわけじゃない。奪い取ろうだなんて思ったわけじゃない。
 ただ少し、ほんの少し憧れただけだ。

「何も違わない。お前が全部悪い。だからこうなったんだ。全部、お前のせいだ」

 翔は全てを理解した。
 分不相応な願いには、代償が伴う。
 兄のものに目を向けることすら罪だと。
 望むことすらも、許されないことなのだと。

「かわいそうに」

 その言葉は一体何に向けられたものか。
 発条を巻いても、もう人形は動かない。翔の手の中で、ただ、冷たく横たわっている。ぽたりとこぼれた涙が、人形に落ちた。

 僕のせいで。僕が欲しいと、思ってしまったせいで。

「分かったら、ちゃんと身の程を知れよ」
 そうでないと、これは何度でも繰り返される。兄はそう、示したのだ。
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