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一、花柄のワンピース

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 一番気に入っている服を着た日に限って、雨が降るのはどうしてなのだろう。

 思えば昔から、彩恵さえにはそんなところがあった。
 新品の靴、買ったばかりの鞄。

 そういうものを身に着けている時に限って、雨に降られてしまう。運が悪いというのか、間が悪いというのか、彩恵はそういう女だった。

 ぱらぱらと雨粒が傘を叩く音がして、天を仰いだ。どんよりとした空の様子では当分止まないだろうと思う。この音を聞きながら歩くこと自体はきらいではないのに。

 花柄のワンピースの裾をそっと掴んでみる。普段は着物ばかりだから、なんだか心もとないような心地がする。

 膝小僧ぎりぎりで揺れる長さ。今日のわたしは彼の目にどんなふうに映るだろう。かわいい、と思ってくれるだろうか。それとももっと、違う何かだろうか。

 ふと、雨音の間に挟まるぬかるんだ足音が増えた。
 見ると、少し先に傘も差さずに歩く背中がある。学生服のシャツが濡れている。彩恵にはその後ろ姿に心当たりがあった。

かけるちゃん……?」

 呼びかけると、男は振り返った。

 長めの前髪からぽたりぽたりと水滴が落ちて、切れ長の黒い瞳が覗く。見つめ合ってから、ちゃん付けで呼んでしまったことを後悔した。目の前にいる青年にかける言葉としてはあまりに相応しくない。

 彩恵の中では翔はずっと、小さいままだった。年の離れたたけるの後ろを懸命についていこうと走っている姿しか思い浮かばない。少し前に大学に進学して、その近くに下宿をしたことは聞いていたのに。

「さえ、さん」

 ざらつく声が、確かめるように自分の名を呼ぶ。声の低さにはっとした。それもそうだろう。彼だってずっと子供のままではないのだから。

「兄さんに会いに来たんですよね」
「ええ」

 返事をしながら、彼に傘を差しかけた。当然のように、翔の方が頭一つ分ほど背が高かった。長身の男を見上げるような格好になる。

「僕は、いいです」
 はっと目を逸らして翔は俯いた。随分と雨に降られたのだろう。濡れたシャツは体に貼りつくほどだ。けれど、

「まだもう少しあるでしょう。このままでは風邪を引くわ」

 この道を真っ直ぐ行ったところに黒木家の屋敷がある。彩恵が目指すのも翔が向かうのものそこだ。きっと、このまま翔を濡れたままにしたらみんな心配をする。そう思った。

「行きましょうか」

 鞄からハンカチを出して渡すと、窺うようにじっと黒い目が彩恵を見つめてきた。
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