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本編
4.その花、その棘
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「姫様、姫様!」
カツンカツンという自分の足音に、別の靴音が混じる。どんなに大股で歩いても長身はすぐに追いついてくる。
「俺と結婚するのが、そんなに嫌ですか」
「離してっ」
手首を掴まれたかと思うと、彼は目の前に立ちはだかってきた。痛いと思うほどの力ではないのに、どうしてだか振りほどくことができなかった。
「離したらちゃんと俺の質問に応えてくれますか?」
大きな手に肩を掴まれて、意志の強さを感じさせる黒い目が真っ直ぐにロジータを射抜いてくる。
「もう一度言います。俺と結婚するのは、嫌ですか?」
嫌だとは、言えなかった。だから代わりに、
「……いつから?」
ロジータが知ったのはつい昨日のことだが、ジェラルドまでそうであるはずかない。当然、事前に兄から打診があっただろう。
「四ヶ月ほど前には」
自分が思っていたよりも前だった。ゆっくりと時間をかけて兄は他の貴族を牽制して囲い込んだ。そしてロジータに有無を言わさぬように定められたのが、昨夜の夜会だったということか。
「もっと早く教えてくれたらよかったのに」
知っていたら、暴れるなり喚き散らすなりなんなりして絶対に断るつもりだった。ここまで来てしまったらもう、ロジータではどうにもならない。
近衛騎士は、まだいい。いつか辞めることもできる。
けれど、婚姻はどうだろう。
伴侶の名の下に、ジェラルドを自分に縛り付けるのだ。それが正しいことだとは、ロジータには思えなかった。
「断る選択肢のない提案は、強要となんら変わらないわ」
いくら彼が面倒見がよくて何の文句も言わないとはいえ、これではあんまりだ。国の利益の為なら、この人個人の幸せはどうだっていいのか。
俯いたら、ドレスの裾を掴む自分の手が震えていた。王宮の赤い薔薇だともてはやされてもなんてことはない。所詮ロジータはただの無力な小娘だ。お飾りの人形でしかない。
「あなたは何もわかっていないのよ」
美しく咲き誇る薔薇。その花、その棘。
自分が誰かなんて、自分が一番よく知っている。
人を傷つけないと生きていけない、どうしたって向かっていってしまう気性の激しさを、これでもちゃんと理解しているつもりだ。
「何も一生、薔薇の棘を受け続けることもないでしょうに」
兄のような人だった。どんな我儘も癇癪も苦笑しながら、許してくれた。けれど、彼は正しくは兄ではない。
できれば、優しいこの人を、これ以上自分の傍には置きたくなかった。
「ロジータ」
顎に手をかけられたら、吸い込まれそうな黒瑪瑙から逃れられなくなる。姫様ではなくて、名前を呼ばれたのは久しぶりだった。昔は強請れば名前を呼んでくれることだってあったのに、いつからだろう、彼はそうしなくなった。
「分かっていないのは、あなたの方だ」
何を、と聞き返そうと思ったけれど、ロジータがその言葉を発することはなかった。
カツンカツンという自分の足音に、別の靴音が混じる。どんなに大股で歩いても長身はすぐに追いついてくる。
「俺と結婚するのが、そんなに嫌ですか」
「離してっ」
手首を掴まれたかと思うと、彼は目の前に立ちはだかってきた。痛いと思うほどの力ではないのに、どうしてだか振りほどくことができなかった。
「離したらちゃんと俺の質問に応えてくれますか?」
大きな手に肩を掴まれて、意志の強さを感じさせる黒い目が真っ直ぐにロジータを射抜いてくる。
「もう一度言います。俺と結婚するのは、嫌ですか?」
嫌だとは、言えなかった。だから代わりに、
「……いつから?」
ロジータが知ったのはつい昨日のことだが、ジェラルドまでそうであるはずかない。当然、事前に兄から打診があっただろう。
「四ヶ月ほど前には」
自分が思っていたよりも前だった。ゆっくりと時間をかけて兄は他の貴族を牽制して囲い込んだ。そしてロジータに有無を言わさぬように定められたのが、昨夜の夜会だったということか。
「もっと早く教えてくれたらよかったのに」
知っていたら、暴れるなり喚き散らすなりなんなりして絶対に断るつもりだった。ここまで来てしまったらもう、ロジータではどうにもならない。
近衛騎士は、まだいい。いつか辞めることもできる。
けれど、婚姻はどうだろう。
伴侶の名の下に、ジェラルドを自分に縛り付けるのだ。それが正しいことだとは、ロジータには思えなかった。
「断る選択肢のない提案は、強要となんら変わらないわ」
いくら彼が面倒見がよくて何の文句も言わないとはいえ、これではあんまりだ。国の利益の為なら、この人個人の幸せはどうだっていいのか。
俯いたら、ドレスの裾を掴む自分の手が震えていた。王宮の赤い薔薇だともてはやされてもなんてことはない。所詮ロジータはただの無力な小娘だ。お飾りの人形でしかない。
「あなたは何もわかっていないのよ」
美しく咲き誇る薔薇。その花、その棘。
自分が誰かなんて、自分が一番よく知っている。
人を傷つけないと生きていけない、どうしたって向かっていってしまう気性の激しさを、これでもちゃんと理解しているつもりだ。
「何も一生、薔薇の棘を受け続けることもないでしょうに」
兄のような人だった。どんな我儘も癇癪も苦笑しながら、許してくれた。けれど、彼は正しくは兄ではない。
できれば、優しいこの人を、これ以上自分の傍には置きたくなかった。
「ロジータ」
顎に手をかけられたら、吸い込まれそうな黒瑪瑙から逃れられなくなる。姫様ではなくて、名前を呼ばれたのは久しぶりだった。昔は強請れば名前を呼んでくれることだってあったのに、いつからだろう、彼はそうしなくなった。
「分かっていないのは、あなたの方だ」
何を、と聞き返そうと思ったけれど、ロジータがその言葉を発することはなかった。
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