私が抱き続けた彼は~時を超えるアンドロイドは運命の博士を離さない~

藤原ライラ

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「おいで」

 大きく両手を広げて博士が言う。呼ばれるがままに私はその腕の中に入る。背中に手が回されてぎゅっと抱き締められる。博士の体からは、とくとくと、私にはない心臓の鼓動が聞こえる。

「ごほっ、ごほっ」
 博士の風邪はよくなるどころかどんどんひどくなって、頻繁に咳をするようになった。これはただの風邪ではないと、私だって分かる。薬も治療も、何を提案しても博士は首を横に振るだけだった。

 息を吸い込むとひゅうっと喉がなる。私は呼吸をしやすいように、とんとんと博士の背を叩いた。
 前よりもずっと、この人は痩せてしまった。薄い肉越しに、肩甲骨が触れる。

「僕は君を愛しているよ。だから、そうだな……なんて言って誘ったらいい?」

「アンドロイドに『愛』は理解しかねます」

 私は博士の肩に顔を埋めて答える。くすりと、博士が頭の上で笑う気配がした。


「種の存続のための欲求に、遥か昔、僕たちは愛と名前をつけた。これは繁殖のためのプログラムだよ。君の頭の中の演算規則アルゴリズムと何ら変わらない」


 言っていることの意味は分かる。そういう役割が自分にあることも知っている。性欲処理は人間の健康維持の為には必要なことで、アンドロイドにはその受け皿となる機能が備わっている。

 けれど、私はあの立体映像の花と同じ、偽りだ。

「実を結ぶことのない花を抱く意味が、どこにありますか」

 模して造られてはいても、本物ではない。
 人間ではないのだ。

「あるよ」

 博士が私の耳元で囁く。ただの音の波長なのに、体の奥まで震わされるような響きがある。


「意味ならある。ちゃんとあるよ。僕が全部、君にあげる」


 そう言って、博士はいつもかけている眼鏡を外した。長い睫毛が伏せられて、好奇心で満ちている瞳が閉じていくのが、まるで遅速再生スローモーションのように見えた。

 唇に、あたたかいものが触れた。

 怯んだ隙に、生温い舌が入り込んでくる。口腔内を弄るようにそれは這いまわって、上顎を撫ぜる。逃れようとしても、頭の後ろに手が回っていてできない。

「僕は肉の塊で、君は金属の塊だ。たったそれだけのことだろう?」

 たったそれだけのことが、どれほど遠いか。あなたが知らないわけがないのに。

「ベッド行こうか」
 促されて手を引かれて歩く。博士はもう、あの日のように私を抱き上げることは出来ないから。その手を振りほどくことは、私にはできなかった。

 寝台の上に二人向き合って座る。窓から差し込む人工太陽の灯りが、博士の顔を照らす。

「えっと、一応『夜の営み』っぽく暗くすることもできるけど」
「お好きなようになさってください」
「じゃあこのままにするね。オトハがよく見えるから」

 硬直する私のシャツを博士がゆっくりと脱がせていく。支給されるアンドロイドの制服の白いシャツ。HFタイプはみんなこれを着ている。

「せっかくならもっと可愛い服を着せればよかったな。オトハなら何でも似合うだろうに」
 どうせ脱がせる服になんの価値があるんだろう。これは人間なら理解できる感情なのだろうか。

「一度どんなのか見てみたかったんだよね」

 青い瞳が肌を滑っていって、それだけで体温調節機構に異常が生じる気がする。そんなに見たかったのなら、もっと早く見ればよかったのに。

 おかしい、顔が熱い。
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