7 / 12
7.ざくろ
しおりを挟む
先端の棘のようなものを添えられていたナイフで落とし、十字に切れ込みを入れる。そうして切れ込みを開くように、ぱかっと手で割った。
中から現れてきたのは、血のように赤い小さな粒。正直あまり美味しそうには見えなかった。アズラク様は慣れた手つきでその赤い粒を取り出すと、口に運んだ。
「やはり美味いな」
好きだというのは本当なのだろう。ひどく手間に見えるのに、アズラク様は小さな実を大きな手でちまちまと取っては食べている。時々滴るものが果汁なのだと分かっていても、血のように見えてしまった。
「ほら」
果汁で赤く染まったアズラク様の指が唇に触れた。わたしも食べてみろということらしい。
恐る恐る口を開けて、舌でその指を舐めた。
「……ん」
赤い粒を噛むと、ぷちんと弾けて瑞々しい果汁が出てくる。その甘酸っぱさに唾液が溢れて、喉の奥がきゅっとなる。美味しい。
「気に入ったようだな」
アズラク様は得意げに、また赤い実を掬って差し出してくる。促されるままに、その指を舐める。
「これはざくろというんだ」
「ざくろ……」
名前すらも耳にしたことはなかった。こんな美味しいものを、わたしは今まで食べたことがなかった。
結局そのまま、わたしはアズラク様に残りのざくろを食べさせてもらう羽目になった。アズラク様もお好きだと言っていたのに、一人で全て食べてしまった。
「すみません……」
「謝ることはない」
言うが早いか、アズラク様は唇を重ねてきた。唾液が混ざり合って一つになって、舌の根を強く吸われる。深い口づけに、食べたばかりのざくろの味も全て奪い取られていくかのよう。
「俺はこれでいい」
そう言って手の甲で口元を拭った。それだけで頬が熱くなってしまう。
熱に浮かされたようにぼんやりする頭で考える。
同じ果実を分け合って食べても、わたし達は同じようにはなれない。肌の色も、目の色も。生まれも境遇も、本当に何もかもが違う。
こんなところにわたしはずっと居ていいのだろうか。そう思ってしまう。
「俺を前にして別のことを考えていられるとは。いいご身分だな、お前も」
上の空だったことを責めるような口調。けれど声音はどこか楽し気で、薄い唇は美しく弧を描く。今日のアズラク様はとても機嫌がいいらしい。
わたしは彼に捕食される側だ。悪魔の一族を取り巻く事情を知っても、これだけは変わらない。
「そんなつもりは……」
背けた顔に手を当てられてまた見つめ合う。一瞬だけ、その澄んだ瞳が曇った。ぐっと、眉根を寄せて痛みを堪えるような顔をする。
「アズラク様?」
「なんでもない」
吐き捨てるようにそう言うと、首筋に鋭い痛みが走った。強く吸い上げられて赤い花が幾つも散る。この青い瞳は容易く、わたしの体を高みに上らせるのだ。
まだ夜は終わらない。
中から現れてきたのは、血のように赤い小さな粒。正直あまり美味しそうには見えなかった。アズラク様は慣れた手つきでその赤い粒を取り出すと、口に運んだ。
「やはり美味いな」
好きだというのは本当なのだろう。ひどく手間に見えるのに、アズラク様は小さな実を大きな手でちまちまと取っては食べている。時々滴るものが果汁なのだと分かっていても、血のように見えてしまった。
「ほら」
果汁で赤く染まったアズラク様の指が唇に触れた。わたしも食べてみろということらしい。
恐る恐る口を開けて、舌でその指を舐めた。
「……ん」
赤い粒を噛むと、ぷちんと弾けて瑞々しい果汁が出てくる。その甘酸っぱさに唾液が溢れて、喉の奥がきゅっとなる。美味しい。
「気に入ったようだな」
アズラク様は得意げに、また赤い実を掬って差し出してくる。促されるままに、その指を舐める。
「これはざくろというんだ」
「ざくろ……」
名前すらも耳にしたことはなかった。こんな美味しいものを、わたしは今まで食べたことがなかった。
結局そのまま、わたしはアズラク様に残りのざくろを食べさせてもらう羽目になった。アズラク様もお好きだと言っていたのに、一人で全て食べてしまった。
「すみません……」
「謝ることはない」
言うが早いか、アズラク様は唇を重ねてきた。唾液が混ざり合って一つになって、舌の根を強く吸われる。深い口づけに、食べたばかりのざくろの味も全て奪い取られていくかのよう。
「俺はこれでいい」
そう言って手の甲で口元を拭った。それだけで頬が熱くなってしまう。
熱に浮かされたようにぼんやりする頭で考える。
同じ果実を分け合って食べても、わたし達は同じようにはなれない。肌の色も、目の色も。生まれも境遇も、本当に何もかもが違う。
こんなところにわたしはずっと居ていいのだろうか。そう思ってしまう。
「俺を前にして別のことを考えていられるとは。いいご身分だな、お前も」
上の空だったことを責めるような口調。けれど声音はどこか楽し気で、薄い唇は美しく弧を描く。今日のアズラク様はとても機嫌がいいらしい。
わたしは彼に捕食される側だ。悪魔の一族を取り巻く事情を知っても、これだけは変わらない。
「そんなつもりは……」
背けた顔に手を当てられてまた見つめ合う。一瞬だけ、その澄んだ瞳が曇った。ぐっと、眉根を寄せて痛みを堪えるような顔をする。
「アズラク様?」
「なんでもない」
吐き捨てるようにそう言うと、首筋に鋭い痛みが走った。強く吸い上げられて赤い花が幾つも散る。この青い瞳は容易く、わたしの体を高みに上らせるのだ。
まだ夜は終わらない。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
腹黒宰相との白い結婚
黎
恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました
21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。
理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。
(……ええ、そうでしょうね。私もそう思います)
王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。
当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。
「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」
貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。
だけど――
「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」
突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!?
彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。
そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。
「……あの、何かご用でしょうか?」
「決まっている。お前を迎えに来た」
――え? どういうこと?
「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」
「……?」
「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」
(いや、意味がわかりません!!)
婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、
なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?
女嫌いな騎士団長が味わう、苦くて甘い恋の上書き
待鳥園子
恋愛
「では、言い出したお前が犠牲になれ」
「嫌ですぅ!」
惚れ薬の効果上書きで、女嫌いな騎士団長が一時的に好きになる対象になる事になったローラ。
薬の効果が切れるまで一ヶ月だし、すぐだろうと思っていたけれど、久しぶりに会ったルドルフ団長の様子がどうやらおかしいようで!?
※来栖もよりーぬ先生に「30ぐらいの女性苦手なヒーロー」と誕生日プレゼントリクエストされたので書きました。

冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる