わたしを殺そうとしてきた王子様から溺愛されて逃れられません!

藤原ライラ

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5.やわらかな靴

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「はあ……はあっ」
「随分と素質があるようだな」

 汗で張り付いたわたしの前髪を、そっと彼が払った。嘲るような口調とその仕草があまりにもちぐはぐで、心臓を鷲掴みにされたようになる。

 底の見えない湖のような美しい青の中に、わたしだけが映っている。輝くばかりの金の睫毛が揺れる。

 どうしたらいいのか分からない。苦しい。

 硬直するわたしに、彼が口づけてきた。やわらかな唇が角度を変えて、何度も何度も押し当てられる。
 望まれている。求められている。それが分かる。空気を求めるように、自然と舌を絡めていた。

 時折足に触れる硬いもの。そうだ、これが欲しい。

「おうじさま、あの」
「アズラク」

 もう何度目かも分からないほどの訂正。案外、この人は律儀なのかもしれない。
 素早く彼は纏っていた白い夜着を脱いだ。露わになった鍛えられた裸体に釘付けになる。

「あの、そろそろ……ああっ」

 呆然とするわたしを寝台にうつ伏せにしたかと思うと、彼は項をぺろりと舐めた。じっとりと這う舌の感触にまた下腹の奥が疼く。

「俺の名も呼べないようでは、お前の望むものは与えられないな」
 つうーっと長い指は背骨をなぞった。

「ひゃあっ」
 そんなことだけで熾火のように熱が溜まっていく。ずくずくと、熱い手のひらで溶かされるようになっていく。

 もう何も考えられなかった。わたしはとうとう、口に出してしまった。

「アズラク、さまっ」
「やっと呼べたな」

「おね、がいします……ほしいの」
 尻だけを高くあげられる。後ろから抱き締められると、硬い胸板が背中に触れる。

「いいだろう」
 そう言って、一気に貫かれた。迎え入れるようになかは引くついていて、痛みはあれど快感が上回った。

「っあああ」
 背後から、獣のように睦み合う。拡げられて、揺さぶられて、ただ喘ぐことしかできなくなる。深く深く、自分の中にアズラク様がいる。

 捕らえる様に伸びてきた手は、胸を弄り、ぴんと立ち上がったままの尖りを摘まむ。

「もうっ、っあああ、だめっ、だめなのっ」

 わたしの奥がきゅんとアズラク様を締め付けてしまう。硬い欲望の証は、繰り返し残酷なぐらいに蜜壺を抉る。肩甲骨に落ちる彼の吐息は、甘い。

 この人は今どんな顔をしているのだろう。あんな美しい人がどんな恍惚に浸るのか見てみたかった。

 胸の前で、彼の腕が交差する。ぴとりと頬が当たる。背中にアズラク様の重みを感じた。
 アズラク様はわたしの肩をそっと撫でる。それは今までとは違って官能を煽るのではなく、慈しむような手つきだった。

「ごめん」
 囁いた声はほんの消え入りそうなもの。どうして、と思う暇もなく、ずくんと一際強く突かれて頭の中が快楽で塗りつぶされていく。

「あっ……あっ……ンっ……ああああっ」

 抽挿が早くなる。ぐちゅぐちゅという耳を覆いたくなるような音が、夜の闇に溶けていく。そこに混じる甲高い女の嬌声は、確かにわたしのものだ。

「ネージュ」
 何度も何度も、アズラク様はわたしの最奥に精を放った。





 なんてふかふかの寝台だろう。こんな大きな寝台で眠れる日が来るなんて、思っていなかった。寒さで目覚めることもない。最高の朝だ。

 気分よく目を開けたら、眩しいぐらいの青と目が合った。

「うわああっ」
 目覚めて一番に見るには美しすぎる美形が、そこにいて。わたしの顔を凝視していた。

「人の顔を見て大声を出すとは。やはりお前は無礼なやつだな」
「も、申し訳ありません……」

 こんな近くにいるなんて、思ってもみなかったのだ。間抜けなわたしの寝顔でも見てせせら笑っていたのだろうか。

「あ」
 起き上がって立ち上がろうとしたけれど、なんだか足にうまく力が入らなかった。そうして思い出してしまった。

 この人と昨夜どんな夜を過ごしたのか。

「その、大丈夫か」

 ぺたんと寝台に座り込んだわたしに、アズラク様が言う。青い目はこちらを見ずになんだかきょろきょろと泳いでいる。

 それは昨夜の彼とは別人のようで毒気を抜かれてしまった。まるで少年のようだった。
 足はぷるぷると震えるし、腰はだるい。そしてあちこち痛い。全然大丈夫ではなかったけれど、

「大丈夫ですよ」
わたしはそう笑って答えてみせた。すると、彼は露骨に安心したように息を吐いた。

「靴を用意させた。履くといい」

 女官に持って来させた靴を、アズラク様は手に取る。わたしの前に膝を突いて、そっとそれを履かせてくれた。白地に金の糸で細かな刺繍の施された靴。まるで羽根のように軽い。

 上質でやわらかな靴は粗雑な足音など立てることはないのだろう。こんな靴を、わたしは履いたことがなかった。
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