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3.青い瞳
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抵抗を封じるように、頭の上で手を束ねて掴まれる。
「無礼にもほどがある。お前など剣を使うまでもない。その首へし折ってやる」
次にもう片方の手は、首元に伸びてきた。このままきっと首を折られるのだろう。
ああ、今度こそ死ぬのだなと思った。そうして、はじめて彼と見つめ合った。
ちゃんと見たら、本当に整った顔をした人だった。想像していた以上だった。
褐色の肌に、すっと通った鼻筋。短く刈り上げた髪は金に似た色。怒りなのか羞恥なのか顔は赤く染まっていた。
その中心で、切れ長の青い瞳がぎらぎらと怒りを宿していた。射殺さんばかりの鋭さで睨みつけてくる。
「きれい」
わたしが育った山岳の集落では、青い空は貴重だった。夏は瞬くほどに短く、冬はずっと厚い雲が立ち込めていたから。
「青空みたい」
恋焦がれた夏の空の色。
手を縛られていなかったら、その顔に触れたかった。もっと近くで見てみたかった。
最後にこんなきれいなものが見られるなら。こんなきれいなものに殺されるのなら、それもいいかと思えた。
すると、その青い瞳が急にまん丸になった。ぐっと首に力がかかる。
大きな熱い手の感触。息苦しさ。
わたしは恐ろしくなって目を閉じた。
もう、死ぬのかなと思ったのに急にその手は緩んだ。
「かはっ」
一気に息を吸おうとしたら咽せた。新鮮な空気を必死になって吸う。王子様は食い入るような目で、わたしを見ていた。両手はまだ彼に掴まれたままだ。
「お前、怖くはないのか」
鼻先が触れ合うほどに顔を近づけて、彼は問いかけてくる。ガラス玉のように澄んでいるのに、光の粒を沈めたかのように輝いている瞳。
それは息の仕方が分からなくなるぐらい、きれいだった。
「俺のことが怖くはないのか、と聞いている」
「はい」
わたしは首を縦に振って応えた。怖いものなら、もっと他にあったから。
「そうか、お前はもしかしたら……」
ぺろりと、熱い舌が唇を舐めた。
どうして、と言おうとして口を開いたら、その隙に舌が入り込んできた。逃れようにもいつの間にか頭の後ろに回っていた手がそれを許さない。貪るように口づけられて、また息ができなくなった。
「おうじさま、あの」
口に出して見てから気づく。殿下とお呼びするようにきつく言われていたのに。
「アズラク」
そっけなく伝えられたそれが、第三王子の名前だと分かるまで数秒を要した。とてもじゃないが呼べたものではない。
「でんか、えっと」
さっきまで肩を押さえつけていたその手が、ゆっくりとわたしの髪を撫でる。一体これはどういう風の吹き回しだろう。
「まあいい」
そうして力強い腕は、わたしを軽々と抱き上げた。きちんと鍛えられているようで、何故か安心感がある。ついさっきまでこの人はわたしを殺そうとしていたというのに。
そのまま、王子は歩き出す。迷いのない足取りだけれど、一体どこへ向かっているのだろう。
「あ、あの」
「なんだ?」
「今、おうじ……殿下はどちらに向かわれているのですか?」
一つ息を吐いてまた「アズラク」と名前を言ったあと、彼は「俺の部屋だ」と言った。
「へっ、なんで」
閨事は決まった部屋で行われると聞いていたのに。王子の私室なんてどう考えてもわたしが入れるようなところではない。
「あのっ、下ろしてくださいっ」
抵抗するようにばたばたと手を動かしたら、背中と膝裏に回された腕の力が強くなった。
「振り落とされたいのか。大人しくしていろ」
「でも!」
自分で歩けるのに、こんな小さな子供のように抱きかかえられるというのはいかがなものだろう。恨みがましく端整な顔を見つめていたら、彼はこう言った。
「ここに敷かれた石は特別なものでな。裸足で歩くととても痛いらしい」
確かに、白い小さな石が等間隔に敷き詰められている。
「何代か前の王が逃げようとした妃を閉じ込めるために、こうしたそうだ。それでもいいなら下ろしてやるが」
口角を上げ、意地が悪い顔で王子様は笑う。なるほど、こういう顔をすると本当に悪魔のようだ。
わたしは何も言い返せなくなった。仕方がないので顔を隠すように俯いていた。彼はもう何も言わなかった。
「無礼にもほどがある。お前など剣を使うまでもない。その首へし折ってやる」
次にもう片方の手は、首元に伸びてきた。このままきっと首を折られるのだろう。
ああ、今度こそ死ぬのだなと思った。そうして、はじめて彼と見つめ合った。
ちゃんと見たら、本当に整った顔をした人だった。想像していた以上だった。
褐色の肌に、すっと通った鼻筋。短く刈り上げた髪は金に似た色。怒りなのか羞恥なのか顔は赤く染まっていた。
その中心で、切れ長の青い瞳がぎらぎらと怒りを宿していた。射殺さんばかりの鋭さで睨みつけてくる。
「きれい」
わたしが育った山岳の集落では、青い空は貴重だった。夏は瞬くほどに短く、冬はずっと厚い雲が立ち込めていたから。
「青空みたい」
恋焦がれた夏の空の色。
手を縛られていなかったら、その顔に触れたかった。もっと近くで見てみたかった。
最後にこんなきれいなものが見られるなら。こんなきれいなものに殺されるのなら、それもいいかと思えた。
すると、その青い瞳が急にまん丸になった。ぐっと首に力がかかる。
大きな熱い手の感触。息苦しさ。
わたしは恐ろしくなって目を閉じた。
もう、死ぬのかなと思ったのに急にその手は緩んだ。
「かはっ」
一気に息を吸おうとしたら咽せた。新鮮な空気を必死になって吸う。王子様は食い入るような目で、わたしを見ていた。両手はまだ彼に掴まれたままだ。
「お前、怖くはないのか」
鼻先が触れ合うほどに顔を近づけて、彼は問いかけてくる。ガラス玉のように澄んでいるのに、光の粒を沈めたかのように輝いている瞳。
それは息の仕方が分からなくなるぐらい、きれいだった。
「俺のことが怖くはないのか、と聞いている」
「はい」
わたしは首を縦に振って応えた。怖いものなら、もっと他にあったから。
「そうか、お前はもしかしたら……」
ぺろりと、熱い舌が唇を舐めた。
どうして、と言おうとして口を開いたら、その隙に舌が入り込んできた。逃れようにもいつの間にか頭の後ろに回っていた手がそれを許さない。貪るように口づけられて、また息ができなくなった。
「おうじさま、あの」
口に出して見てから気づく。殿下とお呼びするようにきつく言われていたのに。
「アズラク」
そっけなく伝えられたそれが、第三王子の名前だと分かるまで数秒を要した。とてもじゃないが呼べたものではない。
「でんか、えっと」
さっきまで肩を押さえつけていたその手が、ゆっくりとわたしの髪を撫でる。一体これはどういう風の吹き回しだろう。
「まあいい」
そうして力強い腕は、わたしを軽々と抱き上げた。きちんと鍛えられているようで、何故か安心感がある。ついさっきまでこの人はわたしを殺そうとしていたというのに。
そのまま、王子は歩き出す。迷いのない足取りだけれど、一体どこへ向かっているのだろう。
「あ、あの」
「なんだ?」
「今、おうじ……殿下はどちらに向かわれているのですか?」
一つ息を吐いてまた「アズラク」と名前を言ったあと、彼は「俺の部屋だ」と言った。
「へっ、なんで」
閨事は決まった部屋で行われると聞いていたのに。王子の私室なんてどう考えてもわたしが入れるようなところではない。
「あのっ、下ろしてくださいっ」
抵抗するようにばたばたと手を動かしたら、背中と膝裏に回された腕の力が強くなった。
「振り落とされたいのか。大人しくしていろ」
「でも!」
自分で歩けるのに、こんな小さな子供のように抱きかかえられるというのはいかがなものだろう。恨みがましく端整な顔を見つめていたら、彼はこう言った。
「ここに敷かれた石は特別なものでな。裸足で歩くととても痛いらしい」
確かに、白い小さな石が等間隔に敷き詰められている。
「何代か前の王が逃げようとした妃を閉じ込めるために、こうしたそうだ。それでもいいなら下ろしてやるが」
口角を上げ、意地が悪い顔で王子様は笑う。なるほど、こういう顔をすると本当に悪魔のようだ。
わたしは何も言い返せなくなった。仕方がないので顔を隠すように俯いていた。彼はもう何も言わなかった。
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