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番外編:神様のお茶会
7.生者の特権
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「ばかね。これだからやはり愚かだと言わざるを得ないのよ」
また一蹴されてしまった。
しかしながら、ロイクを見上げてきたのは眩しいばかりの青い瞳だった。まるで少女のような勝ち気さを宿して、オリアンヌは笑う。
「もう一つ、足りないでしょう」
彼女の言葉にロイクは少し首を傾げた。はてさて、それは誰のものだろう。
「わたくしは、あなたの分が足りないと言っているのよ」
「わたくしは」
ロイクはただの使用人である。四大公爵家のオリアンヌ=プランタンとともに茶席につくことなど、夢にも思えない。
「このわたくしがいいと言っているのです。他に誰に許しを乞うのですか? 選り好みの激しいあなたの神にでも縋るというのなら止めはしないけれど」
ここまで言わせて断るというのなら、その方が不敬にあたるだろう。
ロイクは、青空に似たその目に微笑み返してみせた。
「それでは、失礼して」
もう一つ、自分のために紅茶を淹れて、ロイクは恐れ多くもオリアンヌの隣の席に腰を下ろした。
「にしてもシャルル殿とアネットは一体何をしているのかしら。結婚式の打ち合わせがしたいと言われたから、わたくしはわざわざ来たのだけれど」
口ぶりだけは不服そうだが、その実そうでもないことがロイクにも分かってしまった。“白銀の妖精”と呼ばれ、気難しいと有名だった彼女も、意外な一面を持つものである。
今、アネットとシャルルはブランシュの墓参りをしている。あの二人はあの二人で、つもる話があるのだろう。
彼らを見ていると、まるでロドルフとブランシュを見ているような、そんな気分になる。
けれど、シャルルはシャルルで、アネットはアネットだ。似ている部分もあれば、違うところも多くある。その全てが複雑に絡み合って未来を紡いでいくのが愛おしい。
あの頃に戻れることはなくとも、まだその続きを見ることができるというのもまた、生き永らえた者の特権だろう。
「よろしければ、大奥様」
音もなく、そっと小皿に入れた菓子を差し出した。茶会というのであれば、甘いものがなければ始まらない。小さなマカロンを手に取って、オリアンヌはぱくりと食べた。
「……この家の使用人は皆優秀なのね。やはり連れて帰ろうかしら」
どうやら口に合ったようで何よりだ。
「ところであなた。他に何か面白い話はないの? 暇つぶしに付き合いなさい」
なかなかの無茶ぶりである。昔の自分であれば、この場で目を回していただろう。
しかしながら、これでもほどほどの修羅場をくぐってきた自信はあるので。
「それでは今度は、わたくしがロドルフ様と隣国の間者に追いかけられたお話はいかがでしょう」
「いいわね、それ。今度は劇くらいには楽しめそうだわ」
そう不敵に微笑むオリアンヌに、ロイクはゆっくりと話し始める。
「あれはもう、随分と前のことではございますが……」
お茶会はもう少し、続くようである。
また一蹴されてしまった。
しかしながら、ロイクを見上げてきたのは眩しいばかりの青い瞳だった。まるで少女のような勝ち気さを宿して、オリアンヌは笑う。
「もう一つ、足りないでしょう」
彼女の言葉にロイクは少し首を傾げた。はてさて、それは誰のものだろう。
「わたくしは、あなたの分が足りないと言っているのよ」
「わたくしは」
ロイクはただの使用人である。四大公爵家のオリアンヌ=プランタンとともに茶席につくことなど、夢にも思えない。
「このわたくしがいいと言っているのです。他に誰に許しを乞うのですか? 選り好みの激しいあなたの神にでも縋るというのなら止めはしないけれど」
ここまで言わせて断るというのなら、その方が不敬にあたるだろう。
ロイクは、青空に似たその目に微笑み返してみせた。
「それでは、失礼して」
もう一つ、自分のために紅茶を淹れて、ロイクは恐れ多くもオリアンヌの隣の席に腰を下ろした。
「にしてもシャルル殿とアネットは一体何をしているのかしら。結婚式の打ち合わせがしたいと言われたから、わたくしはわざわざ来たのだけれど」
口ぶりだけは不服そうだが、その実そうでもないことがロイクにも分かってしまった。“白銀の妖精”と呼ばれ、気難しいと有名だった彼女も、意外な一面を持つものである。
今、アネットとシャルルはブランシュの墓参りをしている。あの二人はあの二人で、つもる話があるのだろう。
彼らを見ていると、まるでロドルフとブランシュを見ているような、そんな気分になる。
けれど、シャルルはシャルルで、アネットはアネットだ。似ている部分もあれば、違うところも多くある。その全てが複雑に絡み合って未来を紡いでいくのが愛おしい。
あの頃に戻れることはなくとも、まだその続きを見ることができるというのもまた、生き永らえた者の特権だろう。
「よろしければ、大奥様」
音もなく、そっと小皿に入れた菓子を差し出した。茶会というのであれば、甘いものがなければ始まらない。小さなマカロンを手に取って、オリアンヌはぱくりと食べた。
「……この家の使用人は皆優秀なのね。やはり連れて帰ろうかしら」
どうやら口に合ったようで何よりだ。
「ところであなた。他に何か面白い話はないの? 暇つぶしに付き合いなさい」
なかなかの無茶ぶりである。昔の自分であれば、この場で目を回していただろう。
しかしながら、これでもほどほどの修羅場をくぐってきた自信はあるので。
「それでは今度は、わたくしがロドルフ様と隣国の間者に追いかけられたお話はいかがでしょう」
「いいわね、それ。今度は劇くらいには楽しめそうだわ」
そう不敵に微笑むオリアンヌに、ロイクはゆっくりと話し始める。
「あれはもう、随分と前のことではございますが……」
お茶会はもう少し、続くようである。
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