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76.わたしの価値
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この人は一体何を考えているのだろう。アネットが、エミリアンのように打つとでも思っているのだろうか。
ばかみたいだ。
そんなこと、するわけないのに。
わたしが何を考えていたのか、あなたに知ってもらう必要がある。
思い知ればいい。そう思った。
「分かりました。では好きなようにさせていただきます」
きゅっと結ばれた唇に、唇で触れた。彼がよくするように、薄い下唇を啄むように何度か食む。
「アネット……?」
見開かれた瞳にはぽかんと、疑問符が浮かんでいる。それは吸い込まれそうなほどに澄んでいて、とてもきれいだった。
「わたしは」
確かめる様に、長い指が唇をなぞった。
「わたしは、あなたのことが好きだって言ってるんですよ」
「それは……まあ、知っているが」
そんなに一心に見つめられると、自分のしてしまったことが途端に恥ずかしくなってくる。
ずっと考えていた。
――僕は、この世に生まれてくるべきじゃなかった。それだけだ。
シャルルがそう言ってから、ずっと。
べきだとか、そうじゃないとか、難しいことは結局のところ、分からなかったけれど。
「あなたが生まれてこなかったら、わたしはきっと、ほかのひどい人にきっと買われていたんです」
「それは」
問い詰めたら、シャルルが少し揺らいだ。考え込むように押し黙る。
「それは大変だろうな」
今だってきっとそうだ。
「わたしがエミリアン様にひどい目に遭わされてもいいんですか?」
「それは困る」
「でしょう」
アネットはシャルルと出会った。出会ってしまったから。
それは、もう、なかったことにはできないのだ。
「わたしに幸せになってもらいたいんですよね?」
「そうだが」
「だったら」
わたしが自由だというのなら、自分の売り時は自分で選ぶ。
わたしの価値は、わたしが定める。
だから、誰のものになるかはアネットの心が決めるのだ。
「あなたはわたしに出会うために生まれたの」
生まれてきた意味がそんなに欲しいのなら、くれてやる。
「あなたがちゃんと幸せにして」
ほかの誰でもない、シャルルがいい。
そう思ってもう一度、抱き着いた。
「……アネット。どいてくれ」
また、この人ははぐらかすのか。恨みがましく顔を上げて睨みつけたら、真剣な色の瞳が迎えてくれた。
「鍵を掛けてくるだけだ。お前だって邪魔はされたくないだろう?」
「じゃあ」
そっと、彼の上からどいてカウチに座る。起き上がると、シャルルは手を伸ばしてきた。
「ああ、そうだ」
頬に熱い手が触れる。
「オリアンヌ様になんと言い訳をするかな」
それでもまだ一抹のためらいを残して、紫水晶が揺れる。
「多分、大丈夫だと思いますよ」
あの人は、大切な人と過ごす時間がどれだけ尊いものかを知っている人だ。だから、殊更に咎めるようなことをしないだろう。
「それもそうか」
揶揄うように悪魔はにやりと笑った。
「ならきちんと、責任を取ることにするさ」
言葉よりも繊細に、唇が触れてくる。許しを乞うようなその柔らかさに、アネットは身を委ねた。
ばかみたいだ。
そんなこと、するわけないのに。
わたしが何を考えていたのか、あなたに知ってもらう必要がある。
思い知ればいい。そう思った。
「分かりました。では好きなようにさせていただきます」
きゅっと結ばれた唇に、唇で触れた。彼がよくするように、薄い下唇を啄むように何度か食む。
「アネット……?」
見開かれた瞳にはぽかんと、疑問符が浮かんでいる。それは吸い込まれそうなほどに澄んでいて、とてもきれいだった。
「わたしは」
確かめる様に、長い指が唇をなぞった。
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「それは……まあ、知っているが」
そんなに一心に見つめられると、自分のしてしまったことが途端に恥ずかしくなってくる。
ずっと考えていた。
――僕は、この世に生まれてくるべきじゃなかった。それだけだ。
シャルルがそう言ってから、ずっと。
べきだとか、そうじゃないとか、難しいことは結局のところ、分からなかったけれど。
「あなたが生まれてこなかったら、わたしはきっと、ほかのひどい人にきっと買われていたんです」
「それは」
問い詰めたら、シャルルが少し揺らいだ。考え込むように押し黙る。
「それは大変だろうな」
今だってきっとそうだ。
「わたしがエミリアン様にひどい目に遭わされてもいいんですか?」
「それは困る」
「でしょう」
アネットはシャルルと出会った。出会ってしまったから。
それは、もう、なかったことにはできないのだ。
「わたしに幸せになってもらいたいんですよね?」
「そうだが」
「だったら」
わたしが自由だというのなら、自分の売り時は自分で選ぶ。
わたしの価値は、わたしが定める。
だから、誰のものになるかはアネットの心が決めるのだ。
「あなたはわたしに出会うために生まれたの」
生まれてきた意味がそんなに欲しいのなら、くれてやる。
「あなたがちゃんと幸せにして」
ほかの誰でもない、シャルルがいい。
そう思ってもう一度、抱き着いた。
「……アネット。どいてくれ」
また、この人ははぐらかすのか。恨みがましく顔を上げて睨みつけたら、真剣な色の瞳が迎えてくれた。
「鍵を掛けてくるだけだ。お前だって邪魔はされたくないだろう?」
「じゃあ」
そっと、彼の上からどいてカウチに座る。起き上がると、シャルルは手を伸ばしてきた。
「ああ、そうだ」
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「多分、大丈夫だと思いますよ」
あの人は、大切な人と過ごす時間がどれだけ尊いものかを知っている人だ。だから、殊更に咎めるようなことをしないだろう。
「それもそうか」
揶揄うように悪魔はにやりと笑った。
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