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74.既成事実

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「既成事実を作ってしまえばあとはもう婚姻させるしかないのでしょう?」

 それは相手がシャルルであっても、エミリアンであっても変わることはないはずだ。
 ならば、わたしはこの身を懸けてあなたを手に入れることができる。

「落ち着け。僕はそういうつもりで言ったんじゃない」

「じゃあどういうつもりだったんですか」
 あんなに近くにいたのに、シャルルはずっと己の心の内を話してはくれなかった。

「わたし、すごく悲しかったんです」
 目を逸らされることがないように、シャルルの頬に手を当てる。そうして、眩いほどの紫水晶と見つめ合った。

「もうわたしのことなんてどうでもいいんだと思って。でも、こんなドレスは贈られてくるし。何をしても何をしてもあなたのことを思い出してしまうし」

 あの屋敷で教えられたことを思い出そうとする度に、シャルルの顔が頭をよぎった。

「人の気も知らないで」

「それは……ごめん」
 おお、悪魔も案外簡単に折れるものである。狼狽え気味の紫の目がしゅんとこちらを見遣る。

「これがお前にとって一番いいことだと思っていたんだ。悪かった」

 でも、まだだめだ。そう簡単に許してはいけない。だって本当につらかったんだから。

「わたしのこと、どう思ってらっしゃるんですか?」
 背中に手を回してシャルルの肩に顔を埋めた。

「どうと言われてもな」

 むっとして抱き着く腕を強くしたら、溜息をつく気配がした。諦めたように髪に手が降りてきた。下ろしている半分の方を梳くように、そっと手が触れていく。

「最初に見た時、なんてのんきなやつだと思ったんだ」
 ぽつりとシャルルは言った。彼が話しているのは、あの競売オークションのことだろう。

「これから何が起こるか、全く理解していない。どんなひどいことをされるかなんてこいつは考えていないんだろうなと思って」

 そんなことを思って、わたしを買ったのか。

「お前はずっと変わらなくて。時々、どうしてだろうな、とてもいらいらした。でも、代わりに色んなことを考えずに済んだ」

 苛立っていたのは、感じていた。シャルルにはアネットの考えていることが分からなかったし、逆も同じことだ。

「ここにいていいんだろうかとか、何をすべきかだとか、そんなこと、お前がいる時は考えなかった」

 背中に手が回される。大きな手は縋りつくように、アネットを抱き寄せてくる。

「きっと、僕は楽しかったんだろうな」

 こっそりと顔を上げて盗み見た横顔は、驚くほど穏やかだった。
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