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69.妖精の娘

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 かつて“白銀の妖精”と呼ばれたオリアンヌ=プランタンの娘、アンヌ=マリー。
 誰もその存在を知らなかった彼女はある日、彗星のように燦然と社交界に現れた。

 聞けば、歳は十九だという。貴族の娘としては随分と遅いデビュタントだ。どうせ器量も、大したことはないのだろう。

 するりとまるで水の上でも歩くかのようにアンヌ=マリーは歩を進め、優雅に一礼をする。

 嘲笑とともに迎えようと陰険さを隠さなかった者たちはみな、深紅の髪と純白のドレスの見事な対比に、息を呑んだ。

 瞳は母と同じ青。
 透き通るように白い肌に、薔薇色に染まる頬。
 あえて半分だけを結い上げた髪は、その鮮やかさを誇るかのように、アンヌ=マリーを彩る。

 蔑むにはあまりにも、妖精の娘は美しかった。そして、洗練された貴族の振る舞いを完璧に身に着けていた。粗探しをするその目を、全て眩ませてしまうほどに。

 他のデビュタントともに紹介された彼女は、一度だけ群衆の中に誰かを探すような目を向けたという。けれど、望んだ者を見つけられなかったようだったと。

 小さく溜息をつく憂いを帯びた横顔はなんとも言えず儚げで、一瞬で皆の心を奪うに十分すぎるものだった。


 *

 
 いくつもいくつも、値踏みをするような目がアネットを見つめてくる。

 けれど、皆が見ているのは本当の自分ではない。アンヌ=マリーという人形だ。それを演じるだけでいいと思えば、少しも怖くはなかった。それにあの射抜かれるような紫水晶の鋭さに比べたら、こんなもの、なんということはない。

 ただ、何をしていても探してしまう。頭の中にずっと、彼がいる。

「今日はシャルル様はいらっしゃらないのね」
「そうね、残念だわ。あの方がいらっしゃらない舞踏会なんて、まるで火が消えたよう」

 令嬢たちが落胆の色を露わにそんなふうに話をしていた。見目麗しい資産家のシャルルと縁を結びたい者は多いらしい。

「でも、あの衛兵の人とてもかっこよかったわ」
「ね、扉のところに居た人でしょう。見ない顔だったわね」

 ふわふわと浮かぶ乾杯のスパークリングワインの泡を見ながら、喧騒から少し離れて彼女達の話を聞いていた。

 舞踏会に来ればシャルルに会えるかと思っていたのに。自分もどこか期待をしていたのだと自覚した。話をしてもらえるとは思えなかったけれど、金色の髪の一房でも遠くから眺めたかった。

 だから一瞬、魅入られてしてしまったのだと思う。
 眼前に現れた、その輝く色に。

「ごきげんよう、アンヌ=マリー様」
「……エミリアン様」

 けれど、こちらの金髪には全く会いたくなかった。思い出したくもない。さっと全身が強張ってしまうのを隠せない。

「一体何の御用ですか」
「そんなに警戒なさることもないでしょう。知らぬ仲でもないのですから」

 猫を撫でるようなやわらかな声に、最大限の敬意を滲ませてみせる。善人の仮面を被って微笑んで見せれば、誰も彼をあんなひどい所業をする人間だとは思わないだろう。

「叔父上から御伝言を預かっております」

 彼の言葉に心臓が跳ねたのが分かった。エミリアンが満足気に笑う。その顔を見て、自分がどんな表情を浮かべてしまったのか理解した。

 オリアンヌはアネットの立ち居振る舞いに物申すことはなかったが、一つだけ、こう窘めた。

『相手に何を思っているかを悟らせてはいけないわ』

 何があっても、悠然と微笑んでみせるのが真の貴族であると、彼女は言った。それならやはり、アネットに貴族は向いていない。

 しかしながら、今はアンヌ=マリーなのでそれらしくすることは必要だ。できるだけ落ち着いて聞こえるような声で、アネットは言った。「シャルル殿はなんと」

「待っている、と」
 この広い王宮のどこかに、彼がいるのだ。

「休憩用の小部屋がいくつかあります。そこで、叔父上はあなた様をお待ちです」
 けれど、アネットはどこに向かえばいいのか分からない。今日もオリアンヌに連れられてきただけだ。彼女は今、国王夫妻に挨拶をしている。

「ご案内致します。ついて来ていただけますか」

 優雅に一礼して、エミリアンは大きな手を差し出してくる。またシャルルに会える、そう思ったらもう、その手を取っていた。

 これから先に何が起こるかなんて少しも、考えることもなしに。
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