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61.上書き
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「痛い……お前がこちらに来い」
「は、はい」
ぴたりと近くに寄ると、シャルルが身を乗り出してきた。添えられた手が、確かめるように首筋を撫でいく。
「嫌になったら顔でもどこでも叩いてくれ。それ以上は、しないから」
まず頬に、彼は口づけてきた。挨拶みたいなキス。
アネットが拒まないのを感じたのか、やっと唇に触れてくる。角度を変えてふわふわと、やわらかに食んでいく。控えめな舌が歯列をなぞっていく。それだけで、腹の奥がふわり疼くような気がした。
「どうだ?」
額を合わせて紫水晶は射抜くように見つめてくる。嘘を吐くことも誤魔化すことも、その目は許さない。
「大丈夫、です」
けれどこんなものじゃ足りない。
もっと、もっとだ。
その肩に頭を預ける。傷に障らないように、そっと背中に手を回した。仰ぎ見れば、怜悧な相貌はいささか不機嫌そうに嘆息する。
「ああ、そうだ。先にお前に教えておこう」
ちょん、と人差し指が鼻先に触れる。
「息は鼻で吸え。簡単だろう?」
言われれば、それはそうだとは思うけれど。
もう一度かぷりと大きく口を開けて、唇を覆われた。
今度はもっと大胆に、舌が入り込んでくる。逃れようとは思わなかった。舌の側面を撫ぜたかと思うと、強く吸い上げられる。小さく喘いだ声も全部、シャルルに飲み込まれていく。
溺れているみたいだ、と蕩けていく意識の隅で思う。粘膜が触れ合うだけでひどく気持ちがいい。繋がっていると感じる。触れられてもいない体の一番奥から、蜜が溢れてくる。このまま、もっと深く溶け合えればいいのに。
ちゅっと音を立てて唇の端に口づけたかと思うと、シャルルはそっとアネットをカウチの上に横たえた。整わない息とともに見上げる彼も、肩で息をしていた。
紫の目が、赤みを帯びている。左腕だけでぎゅっと抱き寄せられた。さらりとした金髪が首筋にかかってくすぐったい。
身を捩れば熱い吐息が、項に落ちる。
カーディガンをゆっくりとシャルルは脱がせていく。ワンピースの襟ぐりを下げてしまえば、胸元に散った花がよく見える。長い指がそれをなぞる。どうすべきか彼は迷っているようだった。
「これ見よがしに残すのは、僕の主義には反するんだがな」
揺れる視線が白い胸に落ちる。それだけでかっと体温が上がる気がする。
「上書き、してくれませんか」
エミリアンにされた時には恐ろしくてたまらなかったけれど。彼にされるのなら、いい。
それにもう、ずっと、アネットはシャルルのものなのだ。
あの日、悪魔の姿をこの目に焼き付けた日から、ずっと。
だから、証を残して欲しい。
何度目かの溜息が掠めて、しっとりとあたたかさが、触れる。
「は、はい」
ぴたりと近くに寄ると、シャルルが身を乗り出してきた。添えられた手が、確かめるように首筋を撫でいく。
「嫌になったら顔でもどこでも叩いてくれ。それ以上は、しないから」
まず頬に、彼は口づけてきた。挨拶みたいなキス。
アネットが拒まないのを感じたのか、やっと唇に触れてくる。角度を変えてふわふわと、やわらかに食んでいく。控えめな舌が歯列をなぞっていく。それだけで、腹の奥がふわり疼くような気がした。
「どうだ?」
額を合わせて紫水晶は射抜くように見つめてくる。嘘を吐くことも誤魔化すことも、その目は許さない。
「大丈夫、です」
けれどこんなものじゃ足りない。
もっと、もっとだ。
その肩に頭を預ける。傷に障らないように、そっと背中に手を回した。仰ぎ見れば、怜悧な相貌はいささか不機嫌そうに嘆息する。
「ああ、そうだ。先にお前に教えておこう」
ちょん、と人差し指が鼻先に触れる。
「息は鼻で吸え。簡単だろう?」
言われれば、それはそうだとは思うけれど。
もう一度かぷりと大きく口を開けて、唇を覆われた。
今度はもっと大胆に、舌が入り込んでくる。逃れようとは思わなかった。舌の側面を撫ぜたかと思うと、強く吸い上げられる。小さく喘いだ声も全部、シャルルに飲み込まれていく。
溺れているみたいだ、と蕩けていく意識の隅で思う。粘膜が触れ合うだけでひどく気持ちがいい。繋がっていると感じる。触れられてもいない体の一番奥から、蜜が溢れてくる。このまま、もっと深く溶け合えればいいのに。
ちゅっと音を立てて唇の端に口づけたかと思うと、シャルルはそっとアネットをカウチの上に横たえた。整わない息とともに見上げる彼も、肩で息をしていた。
紫の目が、赤みを帯びている。左腕だけでぎゅっと抱き寄せられた。さらりとした金髪が首筋にかかってくすぐったい。
身を捩れば熱い吐息が、項に落ちる。
カーディガンをゆっくりとシャルルは脱がせていく。ワンピースの襟ぐりを下げてしまえば、胸元に散った花がよく見える。長い指がそれをなぞる。どうすべきか彼は迷っているようだった。
「これ見よがしに残すのは、僕の主義には反するんだがな」
揺れる視線が白い胸に落ちる。それだけでかっと体温が上がる気がする。
「上書き、してくれませんか」
エミリアンにされた時には恐ろしくてたまらなかったけれど。彼にされるのなら、いい。
それにもう、ずっと、アネットはシャルルのものなのだ。
あの日、悪魔の姿をこの目に焼き付けた日から、ずっと。
だから、証を残して欲しい。
何度目かの溜息が掠めて、しっとりとあたたかさが、触れる。
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