【完結】わたしが愛されるはずがなかったのに~冷酷無比な男爵は高額買取した奴隷姫を逃さない~

藤原ライラ

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48.本物の王子様

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 シャルルは一つ大きく溜息を吐いた。

「『ずっと君を探していた気がする』」

 手繰り寄せるように、強く引き寄せられる。くるりと振り返れば、真摯な紫の瞳と見つめ合う。いつものシャルルの物言いではない。

 無造作に掴んだままの手を恭しく取られる。そして、彼はおもむろに跪いた。
 月の光はまるでスポットライトのように、シャルルを彩っている。

「『おれと一緒に生きてほしい』」

 これは、昼間見た劇の台詞、そのままだ。そう言って、男は妖精に求婚するのだ。
 一度見聞きしたことをそのまま覚えているというのは、本当だったのか。

 しかしながら、シャルルはその辺の舞台俳優よりもよっぽど顔がいい。そして所作は彼らよりもよほど洗練されている。これでは、どこからどうみても本物の王子様ではないか。

 アネットは呆然と、立ち尽くすことしかできなかった。

「おい、お前の妄想に付き合ったんだ。何とか言え」
 眉を下げて、シャルルは揶揄ったように笑う。

「えっと、えっと」

 突然こんなことをされても、どうしていいか分からない。夜の闇に紛れて、この赤くなった顔がばれないといいけれど。

 劇の中では、どうなっていただろう。必死で思い返して、なんとか差し出された手を握った。

「本当に、忘れないんですね」

 ふと呟いてしまったら、困ったようにシャルルが眉を下げた。「……ロイクか」

「あ、いえ。これはジェルヴェーズさんが」
 有能な執事に冤罪を着せるのは申し訳ない。

「なるほど、そちらか」

 目線は地に落ちて、彼自身の影を見つめるようになる。

「そんな大層に騒ぎ立てるもののほどでもない」
「でも、覚えられるんでしょう?」

「便利ではある。父上は書類を持ち運ぶのが面倒な時は僕を連れて行ったからな」

 分厚い書類を使用人に持たせるよりも、一度読ませてしまえばその内容はシャルルの頭に強固に残る。彼の父親はきっと、天使のような少年をどこにでも伴っていったのだろう。 

「それより、返事だ。どうするんだ?」
 膝を突いた紫水晶は急かすように見上げてくる。そうだ、何か返さなければ。

 しかしながらこちらの記憶力は人並みである。ぎこちなく、アネットは言った。
「『うれしい。わたしにはもう、行くところなんてないもの』」

 ああ、そうか。
 どうしてあの劇があんなにも悲しかったのか、やっと分かった。
 アネットは己の姿を妖精に重ねていたのだ。行き場のない自分に居場所をくれた人。

「『あなたのいる明日が欲しいわ』」

 その人と進む明日が、わたしも欲しいのだ。

 立ち上がったシャルルが、背中に手を回してくる。ぎゅっと抱き締められる。
 腕の中から彼を見上げたら、頬に手が伸びてきた。火照った顔と同じぐらい、この手は熱い。

「アネット」
 当然のように、自分の名が呼ばれる。ここから先は、“お芝居”ではないと告げるために。

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