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45.誰かと一緒に

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 つめたい。甘い。

 舌の上に乗せた瞬間から、体温でするりと溶けて消えてしまう。けれど濃厚な甘さが残る。この世界にこれほどに美味しいものがあるなんて。下顎の辺りがぎゅっとなる。思わず頬を抑えていた。

 頬杖をついて、アイスと同じぐらい冷ややかな目をしたシャルルが言う。「おめでたいやつだな」
 まるで『喫茶で寛ぐ美青年』という題の絵画というようだ。

「こんなの、はじめて食べました」
「美味しいのか」
「はい、とっても!」

 と、返事をして気づく。

「旦那様は召し上がらないんですか?」

 この場に置かれたアイスは、アネットの分一つきりである。この男の分は、ない。認めてしまえばそれはひどく歪で、申し訳ないような気がしてくる。

「必要ない」
 ぴしゃりと悪魔は言い放つ。

「こんなに美味しいのに……」
「私は甘いものは好きじゃない」
「えっ」

 アネットは首を傾げた。だったらあのクッキーはなんだったのか。

「ちなみにアイスを食べたことは?」
「ない」

 勿体ない。こんなに美味しいというのに。食べたことがあるなら別だが、無いならシャルルも一度は食べてみるべきだと思う。

 アネットはまたアイスを一さじ掬った。慎重に手を伸ばして、目の前の男にそれを差し出した。

「なんのつもりだ」

 よく、家の店ではこんなふうに料理を分け合う客を目にしたものである。
 もっとも、大抵の場合彼らはカップルか夫婦で、間違っても奴隷と主ではなかったけれど。

「食べたことがないなら、食べてみたらいいかなと思って」
「そんなみっともない真似をできるわけがないだろう」

「でも」
 アネットは少し向こうの席に目を向ける。

 そこでは、見るからに貴族と分かる仲の良さそうな男女がパフェを分け合って食べていた。
 どうやらこういうことは高貴な方々の間でも普通に行われるらしい。

「早くしないと溶けちゃいますよ」

 駄目押しのようにそう言ったら、渋々といったようにシャルルは口を開いた。やっと大人しく彼はアイスを食べてくれた。

「……冷たい」
 しばし味わった後、ぼそりとシャルルは言った。

「美味しくなかったですか?」
「思っていたよりは、悪くない」

「でしょう」
 なんだか自分の手柄かのようにアネットは嬉しくなる。

「お前の食べる分が減ったというのに、随分と嬉しそうだな」
 損得計算に長けた彼の言うことももっともではある。けれど、

「美味しいものは、誰かと一緒に食べたらもっと美味しいんです。知らないんですか?」

 そうだ。どんな素晴らしいものも、一人で味わうのはつまらない。

「母がよく言っていました」

 それがうちの食堂の心構えのようなものだと、母は折に触れて口にした。もう過ぎ去った戻れない日々だけれど、それが全て消えてなくなるわけではない。

「なるほどな。お前の母君の言うことにも一理ある」

 悪魔の宗旨替えに成功した。これは得難い成果と言っていいだろう。アネットは上機嫌で、残りのアイスをぱくぱくと口に運んだ。

 あと一口、二口となった時、この身に視線が突き刺さる気がする。

「……も少し食べます?」
 さっきからずっと、シャルルはアネットを見ている。これでは食べにくいことこの上ない。

「いや、いい」
 ふっと、こちらを見つめる紫の瞳が緩む。

「お前の顔を見ている方が、いい」

 見つめ合えば、途端に何を返せばいいのか分からなくなる。

 その目に浮かんだものを、何と言い表していいのか分からない。わかりやすく微笑みかけてくれるようなことを、彼はしなかった。
 けれど、紛れもなくあたたかで心地いい何かだった。

 逃げる様に俯いて、ただちびちびとアイスを食べることしかできなくなる。時々、シャルルはこういうことをする。 
 アイスは変わらず甘くて冷たくて美味しいけれど、火照った頬を冷やすにはやや物足りないと言わざるを得なかった。
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