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42.妖精の涙
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幕が下りて劇場内が明るくなる。
「いい加減泣き止んでくれないか。横にいる私の人間性まで疑われかねない」
「だって……っく……だって」
ずっと泣いているアネットに向かってシャルルはそのように言い放った。先日は「泣きたい時は泣いていい」と言ったくせに、随分と勝手な悪魔である。
握った手のひらでしみじみと涙を拭っていたら、シャルルは上着のポケットに手を入れた。どうやらハンカチでも渡してくれるつもりらしい。
「あ」
けれど、差し出そうとしたそれを彼は瞬時に引っ込めた。顔が険しくなっている。
「どうかしたんです?」
「なんでもない」
代わりに、反対側のポケットに手を入れる。
「見なかったことにしろ。いいな」
「はあ」
折り目正しく畳まれたハンカチを押し付けられて、アネットはそれで流れた涙を拭いた。
「泣くような話か」
「あの素晴らしい劇を見て一滴の涙も流れない旦那様は、さすがは悪魔であらせられますね」
「そうか。それはどうもありがとう」
褒めたつもりでは、ないのだけれど。
それに、アネットだけが特別に感動しているというわけではないのである。クライマックスでは、会場全体がすすり泣きの声に包まれていた。あちらのご夫人もそちらのご令嬢も皆こぞって泣いている。
「流行っているだけあって、よくできているとは思う。ただ、泣く心理が分からないと言っているだけだ」
筋書きはこうだ。
好奇心旺盛な妖精が、生まれ育った楽園からふらりと人間界を訪れる。見たこともない世界に、妖精は興味津々だ。
美しい川を見つけた彼女は、水浴びをしようとする。着けていた指輪を置いて。
それをこっそりと見ていた男は、妖精に一目ぼれしてしまう。そして、その指輪を盗んでしまう。
水浴びを堪能した妖精は、そこにあるはずの指輪がないことに気づく。それは、楽園に帰るための大切な鍵だったのだ。
『どうしよう、帰れない』
泣き崩れる妖精の前に男は何食わぬ顔で現れて、『行くところがないなら、私の家においで』と自分の家に迎える。一緒に暮らすようになった二人は次第に惹かれていく。
「この時点でもう、幸せになれないことは分かり切っているじゃないか」
シャルルは平然とそんなことを言う。
「なんでですか」
ぐすんとまた涙を拭いた。この辺り、アネットはまだ普通に楽しく観ていた。些細な日常の中で、互いに恋心を募らせる二人がロマンチックに描かれていて、どきどきしたのだ。
「秘密は必ず露呈する。その後にあるのは破滅だけだろう」
怜悧な横顔は当然だというように、言い放った。
「いい加減泣き止んでくれないか。横にいる私の人間性まで疑われかねない」
「だって……っく……だって」
ずっと泣いているアネットに向かってシャルルはそのように言い放った。先日は「泣きたい時は泣いていい」と言ったくせに、随分と勝手な悪魔である。
握った手のひらでしみじみと涙を拭っていたら、シャルルは上着のポケットに手を入れた。どうやらハンカチでも渡してくれるつもりらしい。
「あ」
けれど、差し出そうとしたそれを彼は瞬時に引っ込めた。顔が険しくなっている。
「どうかしたんです?」
「なんでもない」
代わりに、反対側のポケットに手を入れる。
「見なかったことにしろ。いいな」
「はあ」
折り目正しく畳まれたハンカチを押し付けられて、アネットはそれで流れた涙を拭いた。
「泣くような話か」
「あの素晴らしい劇を見て一滴の涙も流れない旦那様は、さすがは悪魔であらせられますね」
「そうか。それはどうもありがとう」
褒めたつもりでは、ないのだけれど。
それに、アネットだけが特別に感動しているというわけではないのである。クライマックスでは、会場全体がすすり泣きの声に包まれていた。あちらのご夫人もそちらのご令嬢も皆こぞって泣いている。
「流行っているだけあって、よくできているとは思う。ただ、泣く心理が分からないと言っているだけだ」
筋書きはこうだ。
好奇心旺盛な妖精が、生まれ育った楽園からふらりと人間界を訪れる。見たこともない世界に、妖精は興味津々だ。
美しい川を見つけた彼女は、水浴びをしようとする。着けていた指輪を置いて。
それをこっそりと見ていた男は、妖精に一目ぼれしてしまう。そして、その指輪を盗んでしまう。
水浴びを堪能した妖精は、そこにあるはずの指輪がないことに気づく。それは、楽園に帰るための大切な鍵だったのだ。
『どうしよう、帰れない』
泣き崩れる妖精の前に男は何食わぬ顔で現れて、『行くところがないなら、私の家においで』と自分の家に迎える。一緒に暮らすようになった二人は次第に惹かれていく。
「この時点でもう、幸せになれないことは分かり切っているじゃないか」
シャルルは平然とそんなことを言う。
「なんでですか」
ぐすんとまた涙を拭いた。この辺り、アネットはまだ普通に楽しく観ていた。些細な日常の中で、互いに恋心を募らせる二人がロマンチックに描かれていて、どきどきしたのだ。
「秘密は必ず露呈する。その後にあるのは破滅だけだろう」
怜悧な横顔は当然だというように、言い放った。
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