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41.エスコートのされ方

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 そのドレスは、鮮烈に目に飛びんでくるような色だった。

「上出来だ」
 シャルルの瞳がきらきらと輝く。椅子に座って何度か頷いた美しい男は、自身の見立ての確からしさにどうやらご満悦のようだった。

「お前には赤が似合う」

 あの日、マダム・ローランの店で一番最初に着せられたものだ。ただ、チュールの色合いが少し違う。絶妙なグラデーションになっていて、深みが出ている。意匠を加えて欲しいと言ったのはこういうことだったのか。

「あとは仕上げだな」
 そう言って、彼は鏡の前に立つアネットの後ろに立った。

「なんですか」
 振り返れば、ドレスの裾がふわりと踊る。長身の男と向かい合う。その手が、まるで抱き寄せるがごとく伸びてくる。身構えたら、低い声に止められた。

「じっとしていろ」

 けれど、いつものような鋭さはない。揶揄うような甘さがあって、途端に動けなくなる。戸惑うアネットの首に、シャルルは手を回す。

「へっ」

 気付けば、首元にネックレスがあった。雪の結晶を模して大小の真珠が多くあしらわれている。虹色の光沢がデコルテを華やかに彩ってくれる。ドレスに施された刺繍との相性も抜群で、一目で合わせて作らせたのだと分かった。

「きれい……」
 にしてもこの人は、器用なものだ。こんなふうにネックレスを着けるだなんて、思ってもみなかった。

「よし、じゃあ行くか」
「え、どこか行くんですか?」

「なんだ。まだどこか体調が悪いのか?」
 ぶんぶんとアネットは首を横に振る。そんなことはないすこぶる元気だ。ついでに言うと昨日から下働きにも復帰している。山ほど皿を洗って心も洗われるようだった。

「ならいいじゃないか」
 今日は一体どこへ行くのだろう。そう思いながら、シャルルに連れられるがままに馬車に乗り込んだ。そういえば、この人はいつも行先をアネットには教えてくれないのだ。 
 

 *


 広場の前でゆっくりと馬車が止まる。
 扉が開いて、何も言わずにシャルルが降りる。

「ここは」

 ずっと行ってみたかったところだった。ドーレブールの町の中心、壮大な造りの歌劇場の前。
 本当に来られるとは、思ってもみなかった。

「おい」
 ふわふわとした心地で馬車を降りようとしたら、鋭い声が飛んできた。その手が、アネットに向けられている。

「エスコートのされ方は習っただろう。忘れたのか?」
「ちゃんと、覚えています!」

 しかしながら、果たして奴隷の分際でこの手を取ってもいいものだろうか。伸ばしかけた手が、引っ込めてしまう。

「ほら」

 結局アネットの返事を待たずに、宙ぶらりんの手をきゅっと掴まれる。その手に引かれるままに、馬車を降りた。
 華やかなドレスに、正しいエスコート。これではまるで、本物の貴族のご令嬢のようだ。

「あの、これはなんですか?」
 シャルルの右腕の肘に手を添える。そのまま連れ立って歩く。

「お前が芝居が観たいと言ったんじゃないか」

 言った。確かに言ったけれど。
 開演が近いのだろう。同じように着飾った紳士淑女が吸い込まれるように劇場へ入っていく。エントランスに飾られたシャンデリアが眩い。本当に夢の世界の入り口のようだ。

「演目が気に入らないのか? これが一番今流行っているらしいんだが」

 長い指が演目を指して示す。そこには『楽園の妖精姫』と書かれていた。古典ではなくて、おそらく新作だ。アネットは内容を全く知らない。

「そういうことではなくて」
「じゃあ、どういうことなんだ。分かるように説明してくれ」

 そういう間もシャルルは足を止めない。ただ、普段の彼からすれば随分とゆっくり歩いてくれている、気がする。
 劇場全体が赤と金の絢爛な雰囲気に彩られている。上質な天鵞絨ベルベットの椅子は見るからに座り心地が良さそうだった。

 シャルルに案内されたのは、舞台正面のバルコニー席だった。カーテンで仕切られたその奥に座席がある。
 こんな立派な劇場で芝居を見たことなんてない。けれど、分かる。

「あの」
 くいっ、と袖を引っ張る。

「なんだ、早くしないと始まるぞ」
「ものすごくいい席ですよね? ここ」
「せっかく観るんだ。わざわざ観にくい席に座る必要もないだろう」

 さっきからずっと会話がかみ合わない。この男、わざとやっているのだろうか。

「その、ものすごく高い席ですよね……?」

 アネットが囁くように言うと、シャルルは眉をひそめた。一瞬で纏う雰囲気に不機嫌が混じる。

 あ、怒らせてしまった。
 そう思ったのに、彼は一つ溜息を吐いただけだった。腰に手を回して引き寄せてきたかと思うと、そのままアネットを席に座らせる。

「それの何が悪い」

 当然のようにシャルルも隣に座る。ぽこぽこと空いていた席に、喧騒とともに人々が座っていく。流行りだというのは嘘ではないらしい。ほぼ満員だった。

 わたしはどうして、彼の隣の席に座って、芝居を見るのだろう。
 その疑問は尽きない。けれど、気分が高揚していくのは確かである。

 照明が落ちる。緞帳が開く。

 そうすればもう、アネットはただただ眼前に繰り広げられる物語に夢中になってしまった。
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