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27.踊れない心

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 刺繍は壊滅的にセンスがないと言われたアネットだったが、もう一つ頭を悩ませているものがある。

 ダンスである。
 一通りのマナーを叩き込まれて次にはじまったのがダンスだった。当初アネットはダンスの授業と聞いてうきうきしたものだ。やっと憧れの舞踏会ごっこができると思っていた。

 これが、存外難しい。
 まずこんな踵の高い靴でステップが踏めるわけがない。お辞儀を事細かに直したあの家庭教師に延々と練習をさせられる。ターンを回り損ねたアネットは何回も転んだ。

 それになにより、

「転ぶしか能がないのか、お前は」

 この一部始終をシャルルが見ているのだ。他の授業の時は見学に来ることなどなかったのに、どうして。

 あの紫の目に見つめられていると思うと緊張する。そうすると、ますます発条ぜんまいの切れたからくりのように、アネットの踊りはぎこちなくなる。比例して、悪魔の機嫌は悪くなるという悪循環だ。

 考えてもみてほしい。誰が仏頂面の男の前で踊りたいだなんて思うだろうか。勿論、彼はダンスなど軽々とこなすのだろうなということは容易に想像がついた。

「全然お金貯まらないな……」
 夜一人、巾着に貯めた貨幣を数える。ダンスレッスンのせいで全身が筋肉痛である。

「わたし、これからどうすればいいんだろう」

 ちまちまと下働きを続けても五百万クレールが貯まるわけがない。ただ、想像していた以上にレッスンはハードで他のことを考える余裕がない。このまま約束の三ヶ月が過ぎれば、アネットは“閣下”に売られてしまう。

 そうすれば、もうシャルルにも会うこともないだろう。
 そのことが、二重で苦しいのだ。

 わたしをきれいだと言ってくれた人。
 あんなことを、他の人にも言っているのだろうか。考えても考えても、答えは出ない。

「あーもう、やだっ!」
 ごろんと寝台に寝転んだ。元々アネットは難しいことを考えるのがそこまで得意ではない。考えるよりは先に体が動く質だ。

 憎たらしいだけならいいのに。時折見せる戯れのようなやさしさに心をかき乱されてしまう。
 それすら彼の手のひらの上の出来事なのだとしたら。シャルルはやはり、悪魔に相違ないのだろうけれど。

 巾着の中の銅貨をちゃりんちゃりんと弄んでいたら、上掛けも被らずにいつの間にかアネットは眠っていた。
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