28 / 87
28.どこにもいかないで
しおりを挟む
そのせいだろうか。朝起きた時から体が重かった。
なんだか頭がぼんやりする。ただ、動けないというほどではなかったし、一日でも多く働いてお金を稼ぎたかった。何より体を動かしている間は、あの金色の頭のことを考えずに済む。
皿も割らないように気をつけた。自室に戻った時にはほっとしたものである。
多分、ちょっとした風邪の引き始めか何かだ。こういう時は、寝ていたら大丈夫。体は丈夫な方だ。夕食もそこそこに、寝台に潜り込んだ。
けれど、次の日になっても状況は変わらないどころか、悪くなった。
寒気がして頭がガンガンする。またタイミングが悪いことに今日はダンスのレッスンの日だ。こんな日ばかりは座っているだけで終わる王室の歴史の方が余程よかった。
案の定、何回もステップを間違えた。もう体が全く言うことを聞かない。ただ今日も後ろで座って眺めているだけの悪魔は何も言わなかった。
ターンを回ろうとしたところで、代わりに視界がぐるんと回った。
吸い込まれるように、床がゆっくりと近づいていく。
「おい! しっかりしろ、アネット!!」
倒れ込んでしまうと思ったのに、そうはならなかった。抱き寄せてくれたのは力強い腕。またあの爽やかな柑橘系の香水が香った。
まるで雲の上を歩くように、ふわりふわりと抱き上げられる。膝裏と背中に手が回されている。
やがて、寝台の上にそっと下ろされた。
夢でも見ているように、意識がまとまらない。瞼を開けようと思うのに、上手くいかなかった。
すっと、体温が、香りが、遠ざかる。
「いや」
その腕にきゅっと抱き着く。一人はいやだ。
「ここに、いて」
ためらうような間があってから、その重さの分だけ寝台が沈み込んだ。隣に座り込む気配がする。
伸ばした手を、そっと握ってくれる手があった。
「眠るといい」
「どこにもいかないで」
離れないで、そばにいて。もう誰も、わたしを置いていかないで。
宥めるような手が髪に触れる。わしゃわしゃと、少し気を遣った手つきで撫でられた。
「ああ、いかないよ」
聞いたこともないやわらかな声だった。ぼんやりとした意識の中、ただ繋いだ手だけがこの世界に引き留めてくれている気がした。
ゆっくりと、アネットはまた眠りに落ちた。
なんだか頭がぼんやりする。ただ、動けないというほどではなかったし、一日でも多く働いてお金を稼ぎたかった。何より体を動かしている間は、あの金色の頭のことを考えずに済む。
皿も割らないように気をつけた。自室に戻った時にはほっとしたものである。
多分、ちょっとした風邪の引き始めか何かだ。こういう時は、寝ていたら大丈夫。体は丈夫な方だ。夕食もそこそこに、寝台に潜り込んだ。
けれど、次の日になっても状況は変わらないどころか、悪くなった。
寒気がして頭がガンガンする。またタイミングが悪いことに今日はダンスのレッスンの日だ。こんな日ばかりは座っているだけで終わる王室の歴史の方が余程よかった。
案の定、何回もステップを間違えた。もう体が全く言うことを聞かない。ただ今日も後ろで座って眺めているだけの悪魔は何も言わなかった。
ターンを回ろうとしたところで、代わりに視界がぐるんと回った。
吸い込まれるように、床がゆっくりと近づいていく。
「おい! しっかりしろ、アネット!!」
倒れ込んでしまうと思ったのに、そうはならなかった。抱き寄せてくれたのは力強い腕。またあの爽やかな柑橘系の香水が香った。
まるで雲の上を歩くように、ふわりふわりと抱き上げられる。膝裏と背中に手が回されている。
やがて、寝台の上にそっと下ろされた。
夢でも見ているように、意識がまとまらない。瞼を開けようと思うのに、上手くいかなかった。
すっと、体温が、香りが、遠ざかる。
「いや」
その腕にきゅっと抱き着く。一人はいやだ。
「ここに、いて」
ためらうような間があってから、その重さの分だけ寝台が沈み込んだ。隣に座り込む気配がする。
伸ばした手を、そっと握ってくれる手があった。
「眠るといい」
「どこにもいかないで」
離れないで、そばにいて。もう誰も、わたしを置いていかないで。
宥めるような手が髪に触れる。わしゃわしゃと、少し気を遣った手つきで撫でられた。
「ああ、いかないよ」
聞いたこともないやわらかな声だった。ぼんやりとした意識の中、ただ繋いだ手だけがこの世界に引き留めてくれている気がした。
ゆっくりと、アネットはまた眠りに落ちた。
1
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!
柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

女性執事は公爵に一夜の思い出を希う
石里 唯
恋愛
ある日の深夜、フォンド公爵家で女性でありながら執事を務めるアマリーは、涙を堪えながら10年以上暮らした屋敷から出ていこうとしていた。
けれども、たどり着いた出口には立ち塞がるように佇む人影があった。
それは、アマリーが逃げ出したかった相手、フォンド公爵リチャードその人だった。
本編4話、結婚式編10話です。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道
Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道
周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。
女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。
※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる