【完結】わたしが愛されるはずがなかったのに~冷酷無比な男爵は高額買取した奴隷姫を逃さない~

藤原ライラ

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28.どこにもいかないで

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 そのせいだろうか。朝起きた時から体が重かった。
 なんだか頭がぼんやりする。ただ、動けないというほどではなかったし、一日でも多く働いてお金を稼ぎたかった。何より体を動かしている間は、あの金色の頭のことを考えずに済む。

 皿も割らないように気をつけた。自室に戻った時にはほっとしたものである。
 多分、ちょっとした風邪の引き始めか何かだ。こういう時は、寝ていたら大丈夫。体は丈夫な方だ。夕食もそこそこに、寝台に潜り込んだ。

 けれど、次の日になっても状況は変わらないどころか、悪くなった。
 寒気がして頭がガンガンする。またタイミングが悪いことに今日はダンスのレッスンの日だ。こんな日ばかりは座っているだけで終わる王室の歴史の方が余程よかった。

 案の定、何回もステップを間違えた。もう体が全く言うことを聞かない。ただ今日も後ろで座って眺めているだけの悪魔は何も言わなかった。

 ターンを回ろうとしたところで、代わりに視界がぐるんと回った。
 吸い込まれるように、床がゆっくりと近づいていく。

「おい! しっかりしろ、アネット!!」

 倒れ込んでしまうと思ったのに、そうはならなかった。抱き寄せてくれたのは力強い腕。またあの爽やかな柑橘系の香水が香った。





 まるで雲の上を歩くように、ふわりふわりと抱き上げられる。膝裏と背中に手が回されている。
 やがて、寝台の上にそっと下ろされた。

 夢でも見ているように、意識がまとまらない。瞼を開けようと思うのに、上手くいかなかった。
 すっと、体温が、香りが、遠ざかる。

「いや」
 その腕にきゅっと抱き着く。一人はいやだ。

「ここに、いて」

 ためらうような間があってから、その重さの分だけ寝台が沈み込んだ。隣に座り込む気配がする。
 伸ばした手を、そっと握ってくれる手があった。

「眠るといい」
「どこにもいかないで」

 離れないで、そばにいて。もう誰も、わたしを置いていかないで。

 宥めるような手が髪に触れる。わしゃわしゃと、少し気を遣った手つきで撫でられた。

「ああ、いかないよ」

 聞いたこともないやわらかな声だった。ぼんやりとした意識の中、ただ繋いだ手だけがこの世界に引き留めてくれている気がした。

 ゆっくりと、アネットはまた眠りに落ちた。
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