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26.夢の町並み

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 昼前に屋敷を出たというのに、店から出た時にはもう夕暮れ時だった。

「きれい、ですね」
「そうか」

 迎えにきた馬車の窓から見える街並みは、アネットの育った田舎とは比べ物にならない。オレンジ色の光が、ドーレブールの町の石畳を染め上げている。

「わたし、ドーレブールに来るのが夢だったんです」

 食堂に立ち寄る行商人たちは、口々にこの町の話をしてくれた。買えないものは何もないと言われるほど、栄えた交易の町。まるで絵画のようにどこを切り取っても美しいのだと。
 まさかこんな形でこの町を訪れることになるとは、思ってもみなかったけれど。

「来て何をするつもりだったんだ」
 向かいに座るシャルルが静かに言う。

「えっと……劇場に行ってみたくて」
「行ってどうするんだ」
「お芝居を見てみたいんです」

 昼夜と、様々な演目が上演されるという。なんて華やかな世界だろう。一度でいいからそんなところで本物の芝居が見てみたかった。

「それから」
「え?」

「夢だと言うからには他にもしたいことがあったんだろう? それともお前は夢の中でもそんな貧相な想像力なのか?」

「あるわよ!」
 沢山あった。ただ急に言われても出てこないだけだ。

「広場の泉が見てみたくて、あと喫茶カフェでアイスを食べてみたいんです!!」

 この町の中心には、彫刻像の並ぶ壮麗な泉があるらしい。陽光に照らされた水面はきらきらと輝いて、宝石のようだと聞いた。

「別に水が湧いて出てくるだけだ。わざわざ見るほどのこともない」
「それは旦那様がずっとこの町でお育ちだからですよ」
 彼は何もない田舎で暮らしたことがないから、そんなことが言えるのだ。

「私も別に、生まれた時からここにいるわけじゃない」
「そうなんですか」

 けれど、一体それはどういうことなのだろう。貴族のお坊ちゃんならあのお屋敷で生まれて、大切に育てられたのではないのだろうか。

「アイスか……」
 ぽつりとシャルルが呟く。窓から差し込んだ夕焼けが金髪に落ちて、橙色に揺れる。考え込んだようなその横顔を見ていたら、もう何も聞けなくなってしまった。シャルルもそれ以上説明をしてはくれなかった。
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