25 / 87
25.白の種類
しおりを挟む
マダムが色とりどりのドレスが掛けられたラックを引いて戻ってきた。何も言葉にしていないのに、アネットとシャルルを交互に見比べると、彼女は誇らしげな笑みを浮かべた。
これらはある程度作り上げられているもので、あとは微調整をするだけですぐに納品できるとのことだった。注文してから仕立てることも多いけれど、例えば急ぎの舞踏会に間に合わせる場合などはこういう既製服を使うこともあるらしい。
「他にはどのお色をご試着されますか?」
華やかなピンクに、深い青と緑。目の覚めるような黄色に、水色。黒もある。ふわりと裾が大きく広がるデザインもあれば、すっきりとしたものも。それらをシャルルに見せながら、マダムは訊ねる。
「そうだな、とりあえず片っ端から着せてもらってこい」
「はい?」
「なんだ、文句があるのか。さっさとしろ」
「では、アネット様」
悪魔のお言葉は絶対である。言われるがままに、奥に通されてドレスを着せられた。
着付けが終われば、またシャルルの前に出る。マダムがシャルルに感想を聞く。その度に彼は「ああ」とか「ふむ」とか特に意味もなさそうな返事をする。
いくらお針子たちの手際がいいとは言え、脱がせて着せるのにはそれなりに時間がかかる。その間シャルルはずっとソファに腰掛けて待っているだけだ。退屈ではないのだろうか。
それでも、本当に全部の色を試着させられた。
「アネット様、お疲れ様でございました」
人間が着せ替え人形をするのがこんなにも大変だとは思わなかった。どれも美しいドレスだったが、とりあえずもう疲れた。ほとんど沈み込むようにアネットはソファに座る。
「それでは、シャルル様。どちらを仕上げさせていただきましょうか?」
「全部だ」
「え、そんなにいらないんじゃないですか?」
何せ我が身は一つしかない。ドレスは一度にいくつも着られるものではないというのに。
「全部似合ったんだ。全部仕上げて何が悪い」
果たして今、わたしは褒められているのだろうか、貶されているのだろうか。まったく判断がつかなかった。
「いくつか加えて欲しい意匠がある。頼めるか」
「勿論です。あと、白はどうされますか?」
まだ何かあるのかと思ったところで、確かに白は着ていなかったと気づく。
「今回はご不要かと思ったのですが」
「白か……」
ラックの一番後ろにシンプルなラインのドレスが三着掛かっている。
「これ何が違うんです?」
「一口に白と言っても大きく分けて三つ。純白、白、生成りがございます」
そう言われてみると、微妙に色味が違う。純白はやや青く見えるほどの白で、生成りは黄色味を帯びている。
「肌や髪、目の色で似合うお色味が異なります」
「へえ……」
「あとはご予算にもよりますね。純白は真っ白に染め上げる分工程が多いので、三つの中では最も高価な生地です」
なんということだ。というかこれだけドレスを仕立てることになっていて今更言うことではない気がするが、
「あ、あの一番安いのを……」
「馬鹿を言え。金に糸目なんか付けるか。それに、お前に似合うのはどう考えても純白だ」
ゆったりと腰掛けたまま、悪魔は恐ろしいことをのたまう。
「ええ、わたしもアネット様なら純白かなと思ったのですが」
「そうなんですか?」
この二人が二人とも言うのなら、そうなのだろう。もっとも、自分にどれが似合うかなんてアネットには見当もつかないだけれど。
「その髪とその目の色ならどう考えても純白だ。着てみればすぐに分かる」
まだ、着るんですか。
口をついて出そうになったのをなんとか抑えた。ただ顔には思いっきり出ていたようで、マダムが「当ててみるだけ当ててみましょうか」と言った。
マダムは棚からスカーフのようなものを取り出して、アネットの首から肩にかけて当てた。まず最初に純白、その次に白といったように。
「いかがです?」
「そんなに、変わらないような……」
言われてみれば、純白の方がぱっとして見える気はする。ただ、もう色んな種類を着すぎて正直分からなかった。
「お前は頭だけじゃなくて目も悪いのか」
ただ紫の瞳には違いが明瞭だったようで、「やはり純白だ」と断言した。
「白は……とりあえず今は仕立てはいい。ただ素材だけ集めておいてくれ。頼むとしたらこれは一からになるから、その時はまた連絡する」
「承知いたしました」
そのまま二人は細かい打ち合わせをはじめた。シャルルの提案にマダムは目を輝かせ頷くのだけれど、あまり内容が理解できなかった。
アネットはお針子が持って来てくれたお茶を飲みながら、ただぼんやりとしているだけだった。
これらはある程度作り上げられているもので、あとは微調整をするだけですぐに納品できるとのことだった。注文してから仕立てることも多いけれど、例えば急ぎの舞踏会に間に合わせる場合などはこういう既製服を使うこともあるらしい。
「他にはどのお色をご試着されますか?」
華やかなピンクに、深い青と緑。目の覚めるような黄色に、水色。黒もある。ふわりと裾が大きく広がるデザインもあれば、すっきりとしたものも。それらをシャルルに見せながら、マダムは訊ねる。
「そうだな、とりあえず片っ端から着せてもらってこい」
「はい?」
「なんだ、文句があるのか。さっさとしろ」
「では、アネット様」
悪魔のお言葉は絶対である。言われるがままに、奥に通されてドレスを着せられた。
着付けが終われば、またシャルルの前に出る。マダムがシャルルに感想を聞く。その度に彼は「ああ」とか「ふむ」とか特に意味もなさそうな返事をする。
いくらお針子たちの手際がいいとは言え、脱がせて着せるのにはそれなりに時間がかかる。その間シャルルはずっとソファに腰掛けて待っているだけだ。退屈ではないのだろうか。
それでも、本当に全部の色を試着させられた。
「アネット様、お疲れ様でございました」
人間が着せ替え人形をするのがこんなにも大変だとは思わなかった。どれも美しいドレスだったが、とりあえずもう疲れた。ほとんど沈み込むようにアネットはソファに座る。
「それでは、シャルル様。どちらを仕上げさせていただきましょうか?」
「全部だ」
「え、そんなにいらないんじゃないですか?」
何せ我が身は一つしかない。ドレスは一度にいくつも着られるものではないというのに。
「全部似合ったんだ。全部仕上げて何が悪い」
果たして今、わたしは褒められているのだろうか、貶されているのだろうか。まったく判断がつかなかった。
「いくつか加えて欲しい意匠がある。頼めるか」
「勿論です。あと、白はどうされますか?」
まだ何かあるのかと思ったところで、確かに白は着ていなかったと気づく。
「今回はご不要かと思ったのですが」
「白か……」
ラックの一番後ろにシンプルなラインのドレスが三着掛かっている。
「これ何が違うんです?」
「一口に白と言っても大きく分けて三つ。純白、白、生成りがございます」
そう言われてみると、微妙に色味が違う。純白はやや青く見えるほどの白で、生成りは黄色味を帯びている。
「肌や髪、目の色で似合うお色味が異なります」
「へえ……」
「あとはご予算にもよりますね。純白は真っ白に染め上げる分工程が多いので、三つの中では最も高価な生地です」
なんということだ。というかこれだけドレスを仕立てることになっていて今更言うことではない気がするが、
「あ、あの一番安いのを……」
「馬鹿を言え。金に糸目なんか付けるか。それに、お前に似合うのはどう考えても純白だ」
ゆったりと腰掛けたまま、悪魔は恐ろしいことをのたまう。
「ええ、わたしもアネット様なら純白かなと思ったのですが」
「そうなんですか?」
この二人が二人とも言うのなら、そうなのだろう。もっとも、自分にどれが似合うかなんてアネットには見当もつかないだけれど。
「その髪とその目の色ならどう考えても純白だ。着てみればすぐに分かる」
まだ、着るんですか。
口をついて出そうになったのをなんとか抑えた。ただ顔には思いっきり出ていたようで、マダムが「当ててみるだけ当ててみましょうか」と言った。
マダムは棚からスカーフのようなものを取り出して、アネットの首から肩にかけて当てた。まず最初に純白、その次に白といったように。
「いかがです?」
「そんなに、変わらないような……」
言われてみれば、純白の方がぱっとして見える気はする。ただ、もう色んな種類を着すぎて正直分からなかった。
「お前は頭だけじゃなくて目も悪いのか」
ただ紫の瞳には違いが明瞭だったようで、「やはり純白だ」と断言した。
「白は……とりあえず今は仕立てはいい。ただ素材だけ集めておいてくれ。頼むとしたらこれは一からになるから、その時はまた連絡する」
「承知いたしました」
そのまま二人は細かい打ち合わせをはじめた。シャルルの提案にマダムは目を輝かせ頷くのだけれど、あまり内容が理解できなかった。
アネットはお針子が持って来てくれたお茶を飲みながら、ただぼんやりとしているだけだった。
1
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
責任を取らなくていいので溺愛しないでください
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。
だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。
※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。
※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる