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25.白の種類
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マダムが色とりどりのドレスが掛けられたラックを引いて戻ってきた。何も言葉にしていないのに、アネットとシャルルを交互に見比べると、彼女は誇らしげな笑みを浮かべた。
これらはある程度作り上げられているもので、あとは微調整をするだけですぐに納品できるとのことだった。注文してから仕立てることも多いけれど、例えば急ぎの舞踏会に間に合わせる場合などはこういう既製服を使うこともあるらしい。
「他にはどのお色をご試着されますか?」
華やかなピンクに、深い青と緑。目の覚めるような黄色に、水色。黒もある。ふわりと裾が大きく広がるデザインもあれば、すっきりとしたものも。それらをシャルルに見せながら、マダムは訊ねる。
「そうだな、とりあえず片っ端から着せてもらってこい」
「はい?」
「なんだ、文句があるのか。さっさとしろ」
「では、アネット様」
悪魔のお言葉は絶対である。言われるがままに、奥に通されてドレスを着せられた。
着付けが終われば、またシャルルの前に出る。マダムがシャルルに感想を聞く。その度に彼は「ああ」とか「ふむ」とか特に意味もなさそうな返事をする。
いくらお針子たちの手際がいいとは言え、脱がせて着せるのにはそれなりに時間がかかる。その間シャルルはずっとソファに腰掛けて待っているだけだ。退屈ではないのだろうか。
それでも、本当に全部の色を試着させられた。
「アネット様、お疲れ様でございました」
人間が着せ替え人形をするのがこんなにも大変だとは思わなかった。どれも美しいドレスだったが、とりあえずもう疲れた。ほとんど沈み込むようにアネットはソファに座る。
「それでは、シャルル様。どちらを仕上げさせていただきましょうか?」
「全部だ」
「え、そんなにいらないんじゃないですか?」
何せ我が身は一つしかない。ドレスは一度にいくつも着られるものではないというのに。
「全部似合ったんだ。全部仕上げて何が悪い」
果たして今、わたしは褒められているのだろうか、貶されているのだろうか。まったく判断がつかなかった。
「いくつか加えて欲しい意匠がある。頼めるか」
「勿論です。あと、白はどうされますか?」
まだ何かあるのかと思ったところで、確かに白は着ていなかったと気づく。
「今回はご不要かと思ったのですが」
「白か……」
ラックの一番後ろにシンプルなラインのドレスが三着掛かっている。
「これ何が違うんです?」
「一口に白と言っても大きく分けて三つ。純白、白、生成りがございます」
そう言われてみると、微妙に色味が違う。純白はやや青く見えるほどの白で、生成りは黄色味を帯びている。
「肌や髪、目の色で似合うお色味が異なります」
「へえ……」
「あとはご予算にもよりますね。純白は真っ白に染め上げる分工程が多いので、三つの中では最も高価な生地です」
なんということだ。というかこれだけドレスを仕立てることになっていて今更言うことではない気がするが、
「あ、あの一番安いのを……」
「馬鹿を言え。金に糸目なんか付けるか。それに、お前に似合うのはどう考えても純白だ」
ゆったりと腰掛けたまま、悪魔は恐ろしいことをのたまう。
「ええ、わたしもアネット様なら純白かなと思ったのですが」
「そうなんですか?」
この二人が二人とも言うのなら、そうなのだろう。もっとも、自分にどれが似合うかなんてアネットには見当もつかないだけれど。
「その髪とその目の色ならどう考えても純白だ。着てみればすぐに分かる」
まだ、着るんですか。
口をついて出そうになったのをなんとか抑えた。ただ顔には思いっきり出ていたようで、マダムが「当ててみるだけ当ててみましょうか」と言った。
マダムは棚からスカーフのようなものを取り出して、アネットの首から肩にかけて当てた。まず最初に純白、その次に白といったように。
「いかがです?」
「そんなに、変わらないような……」
言われてみれば、純白の方がぱっとして見える気はする。ただ、もう色んな種類を着すぎて正直分からなかった。
「お前は頭だけじゃなくて目も悪いのか」
ただ紫の瞳には違いが明瞭だったようで、「やはり純白だ」と断言した。
「白は……とりあえず今は仕立てはいい。ただ素材だけ集めておいてくれ。頼むとしたらこれは一からになるから、その時はまた連絡する」
「承知いたしました」
そのまま二人は細かい打ち合わせをはじめた。シャルルの提案にマダムは目を輝かせ頷くのだけれど、あまり内容が理解できなかった。
アネットはお針子が持って来てくれたお茶を飲みながら、ただぼんやりとしているだけだった。
これらはある程度作り上げられているもので、あとは微調整をするだけですぐに納品できるとのことだった。注文してから仕立てることも多いけれど、例えば急ぎの舞踏会に間に合わせる場合などはこういう既製服を使うこともあるらしい。
「他にはどのお色をご試着されますか?」
華やかなピンクに、深い青と緑。目の覚めるような黄色に、水色。黒もある。ふわりと裾が大きく広がるデザインもあれば、すっきりとしたものも。それらをシャルルに見せながら、マダムは訊ねる。
「そうだな、とりあえず片っ端から着せてもらってこい」
「はい?」
「なんだ、文句があるのか。さっさとしろ」
「では、アネット様」
悪魔のお言葉は絶対である。言われるがままに、奥に通されてドレスを着せられた。
着付けが終われば、またシャルルの前に出る。マダムがシャルルに感想を聞く。その度に彼は「ああ」とか「ふむ」とか特に意味もなさそうな返事をする。
いくらお針子たちの手際がいいとは言え、脱がせて着せるのにはそれなりに時間がかかる。その間シャルルはずっとソファに腰掛けて待っているだけだ。退屈ではないのだろうか。
それでも、本当に全部の色を試着させられた。
「アネット様、お疲れ様でございました」
人間が着せ替え人形をするのがこんなにも大変だとは思わなかった。どれも美しいドレスだったが、とりあえずもう疲れた。ほとんど沈み込むようにアネットはソファに座る。
「それでは、シャルル様。どちらを仕上げさせていただきましょうか?」
「全部だ」
「え、そんなにいらないんじゃないですか?」
何せ我が身は一つしかない。ドレスは一度にいくつも着られるものではないというのに。
「全部似合ったんだ。全部仕上げて何が悪い」
果たして今、わたしは褒められているのだろうか、貶されているのだろうか。まったく判断がつかなかった。
「いくつか加えて欲しい意匠がある。頼めるか」
「勿論です。あと、白はどうされますか?」
まだ何かあるのかと思ったところで、確かに白は着ていなかったと気づく。
「今回はご不要かと思ったのですが」
「白か……」
ラックの一番後ろにシンプルなラインのドレスが三着掛かっている。
「これ何が違うんです?」
「一口に白と言っても大きく分けて三つ。純白、白、生成りがございます」
そう言われてみると、微妙に色味が違う。純白はやや青く見えるほどの白で、生成りは黄色味を帯びている。
「肌や髪、目の色で似合うお色味が異なります」
「へえ……」
「あとはご予算にもよりますね。純白は真っ白に染め上げる分工程が多いので、三つの中では最も高価な生地です」
なんということだ。というかこれだけドレスを仕立てることになっていて今更言うことではない気がするが、
「あ、あの一番安いのを……」
「馬鹿を言え。金に糸目なんか付けるか。それに、お前に似合うのはどう考えても純白だ」
ゆったりと腰掛けたまま、悪魔は恐ろしいことをのたまう。
「ええ、わたしもアネット様なら純白かなと思ったのですが」
「そうなんですか?」
この二人が二人とも言うのなら、そうなのだろう。もっとも、自分にどれが似合うかなんてアネットには見当もつかないだけれど。
「その髪とその目の色ならどう考えても純白だ。着てみればすぐに分かる」
まだ、着るんですか。
口をついて出そうになったのをなんとか抑えた。ただ顔には思いっきり出ていたようで、マダムが「当ててみるだけ当ててみましょうか」と言った。
マダムは棚からスカーフのようなものを取り出して、アネットの首から肩にかけて当てた。まず最初に純白、その次に白といったように。
「いかがです?」
「そんなに、変わらないような……」
言われてみれば、純白の方がぱっとして見える気はする。ただ、もう色んな種類を着すぎて正直分からなかった。
「お前は頭だけじゃなくて目も悪いのか」
ただ紫の瞳には違いが明瞭だったようで、「やはり純白だ」と断言した。
「白は……とりあえず今は仕立てはいい。ただ素材だけ集めておいてくれ。頼むとしたらこれは一からになるから、その時はまた連絡する」
「承知いたしました」
そのまま二人は細かい打ち合わせをはじめた。シャルルの提案にマダムは目を輝かせ頷くのだけれど、あまり内容が理解できなかった。
アネットはお針子が持って来てくれたお茶を飲みながら、ただぼんやりとしているだけだった。
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