【完結】わたしが愛されるはずがなかったのに~冷酷無比な男爵は高額買取した奴隷姫を逃さない~

藤原ライラ

文字の大きさ
上 下
23 / 87

23.一つだけ確かなこと

しおりを挟む
 そもそも自分に選択権などあるのか分からないのだけれど。アネットが頷くとマダムはお針子たちに目配せをする。彼女達は一人一人別々の動きをしながら、その実見事に統制されていて手早くドレスを着付けていく。

 背中の向こうで、するすると編み上げが編まれる。
「アネット様は細身でいらっしゃいますね」

「はあ」
 細身というか胸がないだけなのだが。このデザインは胸元にボリュームがあるので、その点は誤魔化しが利くかもしれない。

「申し訳ございません。少し締め過ぎましたか?」
 アネットの顔色がすぐれないと思ったのだろう。窺うようにマダムが尋ねてきた。

「ああ、いえ。そういうことでは」
 ただただ気後れしているだけだ。こんなドレス、一体いくらするのだろう。考えただけでもぞっとする。

「とてもよくお似合いですよ」

「ありがとう、ございます」
 この部屋には勿論大きな鏡があって、それを見ればアネットも今の自分がどんな姿かは分かる。

 華やかなドレス。煌びやかな王宮での舞踏会。
 そういうものに憧れたことがないわけではないけれど、いざ目の前に差し出されてみれば、庶民のアネットに似合うとは到底思えなかった。さっきからずっと、鏡の中の自分と目を合わせないようにしている。

「いくつか見繕うようにご依頼いただいたのですが、シャルル様が、赤は必ずと」

「へっ」
 あの悪魔がそんなことを言ったのか。何を思って、何の為に。

「きっと、アネット様のことを思って選ばれたのだと思いますよ」

 そっと裾を持ち上げればチュールがふわりと揺れる。きっと、マダムは勘違いをしている。自分はシャルルの恋人とか公的な妻とか、そういうものでは決してないのだ。

「わたしは、その」
 ただ、あの人に買われた奴隷なんです。

 言おうと思った言葉は、そっと伸ばされた人差し指に止められる。そのままマダムはゆっくりと首を横に振った。まるでアネットの考えていることなんて、全てお見通しと言わんばかりに。

「このお店には様々な方が来られますが」

 その仕草一つ一つが洗練されている。ジェルヴェーズとはまた雰囲気が異なるけれど、この人も大人の女性だ。

「ご関係は異なっていても、一つだけ確かなことがございます」
 跪いてドレスの細部を整えながら、マダムは言う。

「身に着けるものを選ぶのは、相手と結びついていたいという根源的な欲求の表れでしょう。男性は特に」

 それは、少し分かる気がする。

「シャルル様が当店に女性を連れて来られたのは、今日がはじめてです」

 意外だった。女のドレスなんて星の数ほど仕立てているのかと思っていたのに。

「よろしいですか。古今東西、好きでもない女のためにドレスを仕立てる男など、いらっしゃらないのですよ」

 真っ黒な瞳を輝かせて、にこりと彼女はアネットを見上げる。

「そういうもの、でしょうか」

 でもそれはきっと、相手が人間の場合である。何せ、アネットの主は悪魔であるのでその法則の外にいるのではないだろうか。

 なんの返事も出来ずにいたら、マダムがまた笑った。

「ではまず、そのお姿をシャルル様に見ていただきましょうか」
 するりとカーテンが開いて、明るくなる。

 アネットはゆっくりとその向こうで待つシャルルの元へ向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

責任を取らなくていいので溺愛しないでください

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。 だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。 ※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。 ※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...