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23.一つだけ確かなこと

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 そもそも自分に選択権などあるのか分からないのだけれど。アネットが頷くとマダムはお針子たちに目配せをする。彼女達は一人一人別々の動きをしながら、その実見事に統制されていて手早くドレスを着付けていく。

 背中の向こうで、するすると編み上げが編まれる。
「アネット様は細身でいらっしゃいますね」

「はあ」
 細身というか胸がないだけなのだが。このデザインは胸元にボリュームがあるので、その点は誤魔化しが利くかもしれない。

「申し訳ございません。少し締め過ぎましたか?」
 アネットの顔色がすぐれないと思ったのだろう。窺うようにマダムが尋ねてきた。

「ああ、いえ。そういうことでは」
 ただただ気後れしているだけだ。こんなドレス、一体いくらするのだろう。考えただけでもぞっとする。

「とてもよくお似合いですよ」

「ありがとう、ございます」
 この部屋には勿論大きな鏡があって、それを見ればアネットも今の自分がどんな姿かは分かる。

 華やかなドレス。煌びやかな王宮での舞踏会。
 そういうものに憧れたことがないわけではないけれど、いざ目の前に差し出されてみれば、庶民のアネットに似合うとは到底思えなかった。さっきからずっと、鏡の中の自分と目を合わせないようにしている。

「いくつか見繕うようにご依頼いただいたのですが、シャルル様が、赤は必ずと」

「へっ」
 あの悪魔がそんなことを言ったのか。何を思って、何の為に。

「きっと、アネット様のことを思って選ばれたのだと思いますよ」

 そっと裾を持ち上げればチュールがふわりと揺れる。きっと、マダムは勘違いをしている。自分はシャルルの恋人とか公的な妻とか、そういうものでは決してないのだ。

「わたしは、その」
 ただ、あの人に買われた奴隷なんです。

 言おうと思った言葉は、そっと伸ばされた人差し指に止められる。そのままマダムはゆっくりと首を横に振った。まるでアネットの考えていることなんて、全てお見通しと言わんばかりに。

「このお店には様々な方が来られますが」

 その仕草一つ一つが洗練されている。ジェルヴェーズとはまた雰囲気が異なるけれど、この人も大人の女性だ。

「ご関係は異なっていても、一つだけ確かなことがございます」
 跪いてドレスの細部を整えながら、マダムは言う。

「身に着けるものを選ぶのは、相手と結びついていたいという根源的な欲求の表れでしょう。男性は特に」

 それは、少し分かる気がする。

「シャルル様が当店に女性を連れて来られたのは、今日がはじめてです」

 意外だった。女のドレスなんて星の数ほど仕立てているのかと思っていたのに。

「よろしいですか。古今東西、好きでもない女のためにドレスを仕立てる男など、いらっしゃらないのですよ」

 真っ黒な瞳を輝かせて、にこりと彼女はアネットを見上げる。

「そういうもの、でしょうか」

 でもそれはきっと、相手が人間の場合である。何せ、アネットの主は悪魔であるのでその法則の外にいるのではないだろうか。

 なんの返事も出来ずにいたら、マダムがまた笑った。

「ではまず、そのお姿をシャルル様に見ていただきましょうか」
 するりとカーテンが開いて、明るくなる。

 アネットはゆっくりとその向こうで待つシャルルの元へ向かった。
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