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22.マダム・ローランの店
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どこに向かっているかを、シャルルは教えてくれなかった。行きの馬車の中でも、向かいに座る彼はただ頬杖をついているばかり。
止まったのは、重厚な造りの建物の前だった。金の飾り文字で書かれていた店の名前は、仕立て屋。さすがドーレブールは大きな町だ。他にも同じような店があって、服飾関係の店が集まっている通りのようだった。
これはカヴェニャック家御用達の店だろうか。確かにシャルルはいつも見るからに高そうな服を着ているけれど。
「本当にここに入るんですか?」
「そうだ」
だとしてもなぜ自分が一緒に。悪魔のお召し物選びに付き合わされるのだろうか。
「いいから、早く行くぞ」
仮にそうだとしても、この男は顔とスタイルだけは抜群にいい。足はすこぶる長いし顔も小さいから頭身も高い。こんないい着せ替え人形はそうそうない。例えばちょっと奇抜な服であっても見事に着こなしてこのそつない顔で佇んでいるのではなかろうか。眺めているだけでいいなら、きっと楽しい。
「はい」
促されるがままに中に入ると、外から見えるよりもずっと店内は広かった。トルソが色とりどりのドレスを着て立っている。
「まあ、シャルル様。お待ちしておりました」
ぱっと目を引く美人が奥から出てきてシャルルに一礼をする。肩口で真っ直ぐに切りそろえられた黒髪がさらりと揺れる。丸縁の眼鏡も彼女にとてもよく似合っている。自分をどう演出すればいいのか分かっている者の装いだ。
「要望は事前に伝えた通りだ、マダム・ローラン」
「はい、承っております」
すると、マダムがこちらを向いてアネットににこりと微笑んだ。なんと返していいのか分からなくて、アネットも曖昧に微笑み返すだけになる。
「では、アネット様。こちらにどうぞ」
「は、はい?」
どういうことだと、横に立つ長身を見上げる。シャルルは顔色ひとつ変えずに「言われた通りにしろ」と返すだけである。
「どうしてわたしが?」
「お前のドレスを仕立てるんだから、お前の採寸が必要だろう。そんなことも分からないのか?」
「だって、何も説明してくれなかったじゃない!」
思わず大きな声が出てしまったら、マダムがくすりと笑った。
「可愛らしい方。どんなお衣装が似合うか楽しみですわ」
そのままそっと手を引かれて、カーテンで仕切られた奥に通される。そこで、着ていた服をほぼ脱がされた。数人のお針子たちがアネットの体を隅々まで採寸していく。
こちらを見つめるマダムの目が、きらきらと輝いている。
「見事な御髪ですね」
「そうでしょうか」
今は質のいい石鹸と香油で毎日手入れされているから少しは見られたものになったが、元は好き放題の癖毛だ。
「はい、赤毛の方は珍しいのですよね。これほど鮮やかな色は見たことがございません。きっとどのドレスにも映えるでしょう」
珍しいというのは確かなのだろう。母も、赤毛ではなくて一般的な茶髪だった。
マダムはうっとりと呟くと、踊るように何かを見繕いに行った。
けれど、自分のよりもシャルルの色の方がよほどいいと思う。ゆるくウェーブのかかったやわらかな髪はいつも、彼を黄金の輝きで彩っている。
「こちらなどいかがでしょう」
見せられたのは真っ赤なドレスだった。褒めてくれたこの髪の色に合わせたのだと分かる。胸元のカシュクールと裾のティアードが美しい。
「きれいな色ですね」
「こちらをお着せしてもよろしいでしょうか?」
止まったのは、重厚な造りの建物の前だった。金の飾り文字で書かれていた店の名前は、仕立て屋。さすがドーレブールは大きな町だ。他にも同じような店があって、服飾関係の店が集まっている通りのようだった。
これはカヴェニャック家御用達の店だろうか。確かにシャルルはいつも見るからに高そうな服を着ているけれど。
「本当にここに入るんですか?」
「そうだ」
だとしてもなぜ自分が一緒に。悪魔のお召し物選びに付き合わされるのだろうか。
「いいから、早く行くぞ」
仮にそうだとしても、この男は顔とスタイルだけは抜群にいい。足はすこぶる長いし顔も小さいから頭身も高い。こんないい着せ替え人形はそうそうない。例えばちょっと奇抜な服であっても見事に着こなしてこのそつない顔で佇んでいるのではなかろうか。眺めているだけでいいなら、きっと楽しい。
「はい」
促されるがままに中に入ると、外から見えるよりもずっと店内は広かった。トルソが色とりどりのドレスを着て立っている。
「まあ、シャルル様。お待ちしておりました」
ぱっと目を引く美人が奥から出てきてシャルルに一礼をする。肩口で真っ直ぐに切りそろえられた黒髪がさらりと揺れる。丸縁の眼鏡も彼女にとてもよく似合っている。自分をどう演出すればいいのか分かっている者の装いだ。
「要望は事前に伝えた通りだ、マダム・ローラン」
「はい、承っております」
すると、マダムがこちらを向いてアネットににこりと微笑んだ。なんと返していいのか分からなくて、アネットも曖昧に微笑み返すだけになる。
「では、アネット様。こちらにどうぞ」
「は、はい?」
どういうことだと、横に立つ長身を見上げる。シャルルは顔色ひとつ変えずに「言われた通りにしろ」と返すだけである。
「どうしてわたしが?」
「お前のドレスを仕立てるんだから、お前の採寸が必要だろう。そんなことも分からないのか?」
「だって、何も説明してくれなかったじゃない!」
思わず大きな声が出てしまったら、マダムがくすりと笑った。
「可愛らしい方。どんなお衣装が似合うか楽しみですわ」
そのままそっと手を引かれて、カーテンで仕切られた奥に通される。そこで、着ていた服をほぼ脱がされた。数人のお針子たちがアネットの体を隅々まで採寸していく。
こちらを見つめるマダムの目が、きらきらと輝いている。
「見事な御髪ですね」
「そうでしょうか」
今は質のいい石鹸と香油で毎日手入れされているから少しは見られたものになったが、元は好き放題の癖毛だ。
「はい、赤毛の方は珍しいのですよね。これほど鮮やかな色は見たことがございません。きっとどのドレスにも映えるでしょう」
珍しいというのは確かなのだろう。母も、赤毛ではなくて一般的な茶髪だった。
マダムはうっとりと呟くと、踊るように何かを見繕いに行った。
けれど、自分のよりもシャルルの色の方がよほどいいと思う。ゆるくウェーブのかかったやわらかな髪はいつも、彼を黄金の輝きで彩っている。
「こちらなどいかがでしょう」
見せられたのは真っ赤なドレスだった。褒めてくれたこの髪の色に合わせたのだと分かる。胸元のカシュクールと裾のティアードが美しい。
「きれいな色ですね」
「こちらをお着せしてもよろしいでしょうか?」
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