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21.絶望的なセンス

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 それを目にするなり、シャルルは眉間に皺を寄せた。

「私はごみ・・を作れと言った覚えはないんだがな」
 言葉の通り汚いものでも持つように、アネットが刺繍をしたハンカチを掴む。

 まあ、出来に関してはひどいものだと自分でも分かっているけれど。

 先日から刺繍の講習が始まった。
 この担当の教師は淑やかな女性で、最初に紹介された時はあのマナー講習の教師よりよほどよいと思った。刺繍なんて少しぐらい練習すればできるだろう。そう思っていた。

 これがもう、その、なんというか、

「お前には絶望的なまでにセンスがない、ということだけはよく分かった」

 ということである。

「何をどうすればこうなるんだ。教えてくれ」

 紫水晶はしげしげとそれを眺めると、大きく一つ溜息をつく。額に手を置いてやれやれとばかりに頭を振った。「それが分かるのなら苦労はしないわよ」

 名前の刺繍されたハンカチは特別なものだと聞いた。誰かのことを考えながら、一針一針縫い上げる、思いの結晶のようなもの。
 一生懸命やったのだけれど。もはや何を刺繍したか自分でも判別できない。

「なんて書いてあるんだ、これ」
 それはそれはもう、目を瞠るような美しいものを作って、この整った顔があっと驚くところが見たかったのだ。

「お前の名前か? いや、でもAではないしな……」

 あなたの名前です、とは口が裂けても言えそうにない。ただみみずが這うようにしてハンカチの上に踊るCharlesシャルルの文字を見ながら、アネットは途方に暮れた。殊更難しい文字の羅列でもないというのに。

「まあ、いい。今日は忙しいんだ」
 怪訝そうな顔で眺めていたそれを横に置くと、シャルルはすっと立ち上がった。

「お出かけですか、旦那様」
「そうだ」
「いってらっしゃいませ」

 できればもう二度と帰って来ないでほしい。もっとも、ここはアネットの家ではなくて彼の屋敷なのだけれど。

「何をしている、お前も行くんだ」
「えっ。わたしも、ですか?」

 買われてから、この屋敷の外に出たことなどない。せいぜい中庭を散歩するぐらいだ。
 やけに気合いの入った侍女たちに身支度をされたことの理由はそれか。

「そうだ」
「外に連れ出して、わたしが逃げるとは思わないんですか?」

 そう、アネットは奴隷だからと言って別に首輪が付いているわけではない。本気で走り出せば、一時この男を振り切るぐらいは難しくないはずだ。

「ほう」

 長身がにやりと笑う。こういう顔をすると本当に悪魔らしく見えてくる。それでもはっと息を呑むほど、その顔立ちは美しいのだけれど。

「やれるものならやってみろ。この町で私から逃れられるとでも?」

 ドーレブールはカヴェニャック家のお膝元だ。対して、南方の田舎育ちのアネットには全くと言っていいほど土地勘がない。鬼ごっこに勝てる気はしなかった。

 それに、まだあのネックレスはシャルルの手にある。あれを取り返すまでは、だめだ。

「いえ、結構です」
「殊勝な心がけだ。野良猫にも少しは知恵がついてきたみたいだな」

「おかげ様で」
「なら行くぞ」
 そうしてアネットは初めて、悪魔と連れ立って出かけることとなったのだった。
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