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20.執事のお小言

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「言ってみろ」
 仕方ない。安眠の為には執事のお小言の一つくらい聞くとしよう。そもそも老い先短いというほどの年ではまだないと思うが。

「まさか旦那様が夜伽のお相手をご所望でしたとは、このロイク気づきませんで。大変に失礼をいたしました」

「それは……」
 この屋敷で起きることは全てロイクの耳に入ると言っていい。先日の検品の件がバレている。

「あれは、そういうのじゃない」
「では、どういうの、でございましょう」

 ちょっと脅かしてやろうと思っただけだったのだ。あんな恰好をして、自分が男の目にどう映るかも考えが及ばない。本当に何も分かっていない小娘だ。それなのに、ただただ突っかかってくるからこちらも引っ込みがつかなくなった。

 もっとも、その相手に自分があんなふうになるとも思っていなかったけれど。

「私が日々どれほど苦心してご結婚の申し出をお断りしているか、旦那様にも知って頂きたく存じます」
「知っている」

 これでも資産にはちょっとばかし恵まれている成金貴族なので、嫁の貰い手には事欠かない。それを片っ端からロイクには断ってもらっている。自分が誰かと添い遂げるだなんて、到底考えられなかった。

「坊ちゃん」
 そう呼ぶ声の端々に、非難のようなものが宿っている。子供の頃はずっとそう呼ばれていたけれど、今ロイクがシャルルのことをこう呼ぶのはたしなめる時だけだ。

「たとえお心の中でどんなに大切に思っていたとしても、口にしなければそれは伝わりません」

 真っ直ぐにこちらを見つめてくるその目と、どう向き合えばいいのか分からなかった。逃れる様にそっぽを向いて、シャルルは呟く。

「一体、なんの話だ」

「ともに過ごせる時間は思っているよりも短いもの。離れてしまってから気づいても遅いのです」
 自分の倍は生きている執事の言葉には重みがある。

「どのような出自の方かはまだ分かりません。ですが、アネット様はご気性の素直な明るい御方です。おそばに置きたいと思われるのなら、」

 けれど、ここから先を自分は聞いてはならない。

「ロイク」

 遮るように、強い調子でシャルルは言った。

「僕が奴隷を好きになれるはずがないだろう」

 そう、好きになれるわけがない。
 それは、ロイクもよく分かっている。その証左のように彼は深く頭を下げた。

「……出過ぎたことを申しました」
「いや、いいんだ」

 ロイクの言うことはいつも正しい。
 このまま進んではよくない。これは、商品に抱くには過ぎた執着だ。

 分かっている。分かってはいるのだ。
 そこからどうすべきかは、別として。
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