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17.天使とクッキーー①

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「おいしいです、とっても」

 アネットの言葉に、ロイクはにこりと微笑む。使われている茶葉がいいのは当然だが、この執事はお茶を淹れるのがとても上手なのだと思う。鼻先に抜ける芳香をうっとりと楽しんだ。

 さて、ここからどうするべきか。
 フォークもナイフも今ここにはないけれど、クッキーを食べるのにも作法があるのかもしれない。残念ながら今日までの講習では習わなかった。それに。

「どうした」
 優雅に茶を飲んでいたシャルルが言う。

「あとからクッキーの分の料金を上乗せされたりしませんか?」

 ただでさえアネットは五百万クレールの負債を抱えた身である。この上さらなる借金を重ねることは避けたい。悪魔のとっておきのお菓子を横から掠め取るようなことはできない。

 呆れたように彼はクッキーを一つ手に取った。
「お前はクッキーの食べ方も分からないのか」

 そのまま、ぱくりとそれを一口で食べる。シャルルがそうしたということは、どうやらこれは普通に食べてもいいものではあるらしい。

「砂糖の味がする」
 こんなに美味しそうだというのに、彼の所感は随分なものだ。

「……四大公爵家の名前は?」
 ぽつりと、独り言のように悪魔は訊ねてきた。

「習っただろう?」
 初日に習った。さすがにこれはアネットも覚えている。この国で最も高位の大貴族の家名。

「えっと、エスティヴァル家とロトンヌ家とイヴェール家。あとは、プランタン家」

「正解だ」
 くいっと、テーブルの真ん中に置いたバスケットがアネットの方に押し出される。

「四枚食べていい」

 なるほど、これは正解したご褒美ということか。それなら、いいか。

 アネットは恐る恐るクッキーを手に取った。口に入れるとさくりと崩れていく。想像した以上に美味しい。もう一枚、もう一枚と食べていたら四枚はあっという間だった。

「美味しいのか」
 向かいの美しい顔が怪訝そうな顔をしている。美味しいに決まっているのに。

「当然です」
「そうか」

 すらりとした指はクッキーを摘まんでまたぱくりと食べる。シャルルは何も言わずに、僅かに首を傾げるだけだった。

 クッキーはまだもう少し残っている。けれど、彼はもう手を付けようとしない。

「……先々代の国王の名前は?」
 これも分かる。

「セドリック三世」
「正解。残り全部食べていいぞ」

「本当ですか!?」
「本当だ。嘘は言わない」

 さくさくを楽しんでいたら、向かいの男がこっそりと欠伸をした。いつも強い光を湛えている目元が緩むと、少し幼くも見えてくる。先ほど子供扱いされた時にも思ったが、落ち着いているだけで、アネットとシャルルではそこまで年の差があるようには思えないのだけれど。この人は一体いくつなのだろう。

「あの」
「なんだ」

「聞きたいことがあるんですけど、聞いてもいいですか?」
 果たして悪魔は素直に答えてくれるのだろうか。
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