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14.貸し

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「あっ」
 がしゃん、と大きな音を立てて白い皿が床へと舞い降りていった。

 正しくは、アネットが落とした。
 ちなみに、本日もう四枚目である。

「アネット、今日はもう休みな」
「でもっ」
「具合が悪いんだろう。そういう日は無理しない方がいい」

 誰も自分のことを叱りつけることもない。ともに働く皆が、揃えたように頷く。

「はい……そうさせてもらいます」
「あったかくしてゆっくりしな」

 すごすごと促されるままに濡れた手を拭いて、エプロンを外した。
 本当にいい人たちだ。二日に一回しか来ないアネットに疑問をぶつけることもしない。いつも笑顔で自分を迎えてくれる。

 こっそりと自室としている部屋に戻った。本来は来客用の部屋らしい。シャルルのところほどではないけれど、この部屋も広くて整えられている。

「はあ……」
 ソファに腰掛けてぎゅっとクッションを握りしめた。別に体調が悪いわけではないのである。健康そのものだ。

 ただ何をしていても、浮かんできてしまう。
 あの、憎らしいぐらいに美しい顔が。

「だめだめっ!!」
 ぶんぶんを頭を振って目を瞑る。考えないようにと思うのに、そうすればするほど鮮明に思い出してしまう。

 確かにアネットは正しく小娘で、“男女の交わり”に関しては多くを知らない。けれど、全く何も知らないということはないのである。ぼんやりと、思い描いてみたことぐらいはある。

 いつかやさしい素敵な人と結婚して、そして夜をともにする想像ぐらいはした。相手の男の顔はいつも影のようになっていて、明確な像を結ぶことはなかったけれど。

 それが、どうだ。
 うら若き乙女の妄想を完全に凌駕してもどれだけお釣りが来ることか。想像よりも現実にいるシャルルの方が燦然と輝いてやまなかった。

 ――悪いようには、しないから。

 耳に触れたあの声。あんな声で、彼はいつも女に愛を囁くのだろうか。そんなことをしたら、どんな女も立ち所にシャルルの虜になってしまうだろうに。

 何より分からなかったのは自分自身だ。
 どうして、あんなことをしてしまったのだろう。

 そっと、唇をなぞってみる。自分でしても何も感じないのに、彼にそうされた時はどうしようもなく胸が高鳴った。
 まだ、キスされた時の感触が残っている。

 今日はまだいい。一日中シャルルに会わずに過ごすことができる。

 けれど明日になれば、またあの顔と差し向かいで座らなければならない。どんな顔をしていればいいのだろう。あの男はなんと言ってくるだろう。想像するだけで気分が沈んだ。

「とんだ悪魔もいたものね」
 シャルルの言葉通りだ。本当に高くついた。
 
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