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11.これが手に入るのならば

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 耳元でざらりとした低い声が囁く。さっきアネットを罵ったのとは全く違う。それだけで腹の奥がきゅんと浮かび上がるような心地がした。

「まずは相手に欲しいと思わせなければならない」

 大きな手は、次に肩に触れてくる。寒いわけではないのに、肌が粟立つ。

「真に手が届かないものを、人は欲しいと思わない」

 そのままぎゅっと抱き寄せられて体が密着する。背中に回った腕はまるで檻のようにアネットを閉じ込めてしまう。

「けれど容易に手が届くものも、つまらない」

 こんなにぴたりと引っ付いていたら、早くなっていくばかりのこの胸の鼓動まで聞こえてしまいそうだ。

「そのぎりぎりを見定めて、値を吊り上げるんだ」

 反対側の手が、アネットの頬に触れた。その目が、言外の光を宿して輝く。
 長い指が、つうっと下唇を撫でる。その指先は暗に、これから先にシャルルがしようとしていることを予感させる。頭に霞がかかったようにぼんやりして、もうこの指のことしか考えられなくなる。

 顎に手をやられて強制的に見つめ合わされる。布越しではないこの手はこんなにも熱いのか。

「この貸しは高くつくぞ」
 額をこつんと合わせて、シャルルは言う。

 今は首を絞められているわけではないのに、息が上手く吸えなかった。何か言い返そうと思ったのに、何も言葉が出てこない。未知の感覚に全身が囚われていって、金縛りでも遭ったかのように動けなくなる。

 やっと、理解した。
 わたしは、この男の奴隷だということを。

 呼吸もままならなければ、指先さえ満足に動かせない。何一つ、アネットの思い通りにはならない。
 全てが、シャルルのものなのだ。

「おい」

 すぐそこに、星を沈めた海のような瞳がある。その目の中に自分だけが映っている。
 ああ、これが手に入るのならば、わたしの何を捧げたって構わない。

「ひゃっ」

「目ぐらい閉じろ」
 だって、ずっと見ていたかったのに。瞬きすることすらもったいないと思った。

 この今、わたしは、確かに悪魔に魅入られている。

「まあいいか。どうせすることは変わらない」

 そう吐き捨てたら、シャルルは少しだけ顔を傾けた。

 金色の睫毛が伏せられていって、美しい顔が近づいてくる。その一部始終をひどくゆっくりと感じた。

 男の唇が、唇に触れた。

「っん」
 鼻にかかった声が漏れる。

 何度も何度も、角度を変えてやわやわと食まれる。熱い舌は許しを請うように、アネットの唇を舐め上げる。はっと、口を開けてしまったらぬるりとそれが入り込んできた。

 上顎を撫ぜたと思えば歯列を撫でられる。縮こまったアネットの舌はすぐに探し当てられた。いつの間にか、両耳を大きな手で塞がれていた。ぴちゃぴちゃと淫靡な水音が響く。恥ずかしくて、気持ちよくて、頭の中が沸騰しそうだった。

 寄せては返す波のように、時より強く舌を吸い上げられて体に力が入らなくなる。床にへたり込みそうになったところを、ぐっと腰を掴まれた。

「はあっ……はあっ……」

 腕の中からシャルルを見上げる。立っていることもやっとで、目の前の男に縋りつくことしかできなくなる。

「お前は息の仕方も分からないのか」
 アネットは息も絶え絶えだというのに、彼は相変わらず一分の隙もなく輝いていた。
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