11 / 87
11.これが手に入るのならば
しおりを挟む
耳元でざらりとした低い声が囁く。さっきアネットを罵ったのとは全く違う。それだけで腹の奥がきゅんと浮かび上がるような心地がした。
「まずは相手に欲しいと思わせなければならない」
大きな手は、次に肩に触れてくる。寒いわけではないのに、肌が粟立つ。
「真に手が届かないものを、人は欲しいと思わない」
そのままぎゅっと抱き寄せられて体が密着する。背中に回った腕はまるで檻のようにアネットを閉じ込めてしまう。
「けれど容易に手が届くものも、つまらない」
こんなにぴたりと引っ付いていたら、早くなっていくばかりのこの胸の鼓動まで聞こえてしまいそうだ。
「そのぎりぎりを見定めて、値を吊り上げるんだ」
反対側の手が、アネットの頬に触れた。その目が、言外の光を宿して輝く。
長い指が、つうっと下唇を撫でる。その指先は暗に、これから先にシャルルがしようとしていることを予感させる。頭に霞がかかったようにぼんやりして、もうこの指のことしか考えられなくなる。
顎に手をやられて強制的に見つめ合わされる。布越しではないこの手はこんなにも熱いのか。
「この貸しは高くつくぞ」
額をこつんと合わせて、シャルルは言う。
今は首を絞められているわけではないのに、息が上手く吸えなかった。何か言い返そうと思ったのに、何も言葉が出てこない。未知の感覚に全身が囚われていって、金縛りでも遭ったかのように動けなくなる。
やっと、理解した。
わたしは、この男の奴隷だということを。
呼吸もままならなければ、指先さえ満足に動かせない。何一つ、アネットの思い通りにはならない。
全てが、シャルルのものなのだ。
「おい」
すぐそこに、星を沈めた海のような瞳がある。その目の中に自分だけが映っている。
ああ、これが手に入るのならば、わたしの何を捧げたって構わない。
「ひゃっ」
「目ぐらい閉じろ」
だって、ずっと見ていたかったのに。瞬きすることすらもったいないと思った。
この今、わたしは、確かに悪魔に魅入られている。
「まあいいか。どうせすることは変わらない」
そう吐き捨てたら、シャルルは少しだけ顔を傾けた。
金色の睫毛が伏せられていって、美しい顔が近づいてくる。その一部始終をひどくゆっくりと感じた。
男の唇が、唇に触れた。
「っん」
鼻にかかった声が漏れる。
何度も何度も、角度を変えてやわやわと食まれる。熱い舌は許しを請うように、アネットの唇を舐め上げる。はっと、口を開けてしまったらぬるりとそれが入り込んできた。
上顎を撫ぜたと思えば歯列を撫でられる。縮こまったアネットの舌はすぐに探し当てられた。いつの間にか、両耳を大きな手で塞がれていた。ぴちゃぴちゃと淫靡な水音が響く。恥ずかしくて、気持ちよくて、頭の中が沸騰しそうだった。
寄せては返す波のように、時より強く舌を吸い上げられて体に力が入らなくなる。床にへたり込みそうになったところを、ぐっと腰を掴まれた。
「はあっ……はあっ……」
腕の中からシャルルを見上げる。立っていることもやっとで、目の前の男に縋りつくことしかできなくなる。
「お前は息の仕方も分からないのか」
アネットは息も絶え絶えだというのに、彼は相変わらず一分の隙もなく輝いていた。
「まずは相手に欲しいと思わせなければならない」
大きな手は、次に肩に触れてくる。寒いわけではないのに、肌が粟立つ。
「真に手が届かないものを、人は欲しいと思わない」
そのままぎゅっと抱き寄せられて体が密着する。背中に回った腕はまるで檻のようにアネットを閉じ込めてしまう。
「けれど容易に手が届くものも、つまらない」
こんなにぴたりと引っ付いていたら、早くなっていくばかりのこの胸の鼓動まで聞こえてしまいそうだ。
「そのぎりぎりを見定めて、値を吊り上げるんだ」
反対側の手が、アネットの頬に触れた。その目が、言外の光を宿して輝く。
長い指が、つうっと下唇を撫でる。その指先は暗に、これから先にシャルルがしようとしていることを予感させる。頭に霞がかかったようにぼんやりして、もうこの指のことしか考えられなくなる。
顎に手をやられて強制的に見つめ合わされる。布越しではないこの手はこんなにも熱いのか。
「この貸しは高くつくぞ」
額をこつんと合わせて、シャルルは言う。
今は首を絞められているわけではないのに、息が上手く吸えなかった。何か言い返そうと思ったのに、何も言葉が出てこない。未知の感覚に全身が囚われていって、金縛りでも遭ったかのように動けなくなる。
やっと、理解した。
わたしは、この男の奴隷だということを。
呼吸もままならなければ、指先さえ満足に動かせない。何一つ、アネットの思い通りにはならない。
全てが、シャルルのものなのだ。
「おい」
すぐそこに、星を沈めた海のような瞳がある。その目の中に自分だけが映っている。
ああ、これが手に入るのならば、わたしの何を捧げたって構わない。
「ひゃっ」
「目ぐらい閉じろ」
だって、ずっと見ていたかったのに。瞬きすることすらもったいないと思った。
この今、わたしは、確かに悪魔に魅入られている。
「まあいいか。どうせすることは変わらない」
そう吐き捨てたら、シャルルは少しだけ顔を傾けた。
金色の睫毛が伏せられていって、美しい顔が近づいてくる。その一部始終をひどくゆっくりと感じた。
男の唇が、唇に触れた。
「っん」
鼻にかかった声が漏れる。
何度も何度も、角度を変えてやわやわと食まれる。熱い舌は許しを請うように、アネットの唇を舐め上げる。はっと、口を開けてしまったらぬるりとそれが入り込んできた。
上顎を撫ぜたと思えば歯列を撫でられる。縮こまったアネットの舌はすぐに探し当てられた。いつの間にか、両耳を大きな手で塞がれていた。ぴちゃぴちゃと淫靡な水音が響く。恥ずかしくて、気持ちよくて、頭の中が沸騰しそうだった。
寄せては返す波のように、時より強く舌を吸い上げられて体に力が入らなくなる。床にへたり込みそうになったところを、ぐっと腰を掴まれた。
「はあっ……はあっ……」
腕の中からシャルルを見上げる。立っていることもやっとで、目の前の男に縋りつくことしかできなくなる。
「お前は息の仕方も分からないのか」
アネットは息も絶え絶えだというのに、彼は相変わらず一分の隙もなく輝いていた。
3
お気に入りに追加
92
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる