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5.契約成立

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「だから、返してって言っているじゃない」

 貴族の彼からすればこんなもの、珍しくもなんともない玩具のようなものだろう。もっと大きな宝石が飾られたものも、その首が足りなくなるほど持っているに違いない。けれど、これは世界に一つしかない母の形見なのだ。

 シャルルはまだ、ネックレスをしげしげと眺めている。

「なるほど。なら、これを担保にお前の“心意気”を買ってやる」
 銀の煌めきは悠然とした横顔に落ちて、ふわりと彼を彩る。

「そうだな……三ヶ月」

 シャルルは左手の指を三本立ててみせた。

「期間は三ヶ月だ。それまでに見事五百万クレールを払うことができたなら、あの契約書を売ってやろう。そうすれば、お前は晴れて自由の身だ」

「いいわ、そうしましょう」
 これで三ヶ月は猶予がある。その間にお金のことはどうすればいいか考えればいい。少なくとも今すぐ変態に売られるよりは余程いい。

「けれど、こちらからも条件を出させてもらう」
「なに」

「買い付けたものをそのまま、右から左に流すだけではつまらない」
 ネックレスを見つめていた紫の目がふっと緩んで、一つ溜息のようなものを吐いた。

「お前をどこかの貴族の令嬢だということにしよう。それに相応しくなるように、三ヶ月の間みっちり教育・・を受けてもらう。いい考えだと思わないか、ロイク」

 随分と弾んだ声で、彼は傍らに立つ執事を見遣る。

「野良猫を貴婦人に仕立て上げて、高く売る。暇つぶしにはもってこいの余興だ」

 なんて言い草だろう。アネットの行く末なんてシャルルにとっては、余興程度のものでしかない。とんでもない詐欺の片棒を担がされようとしている。

「上手くいかなくとも、野良猫は野良猫として売り払う。私が損をすることはない」

 与えられたのは慈悲ではない。ただの気紛れだ。例えば、人が地を這う蟻を眺めるような、そんな。
 アネットの目の前にいるのは、正しく悪魔なのだ。
 今もきっと、頭の中で損得勘定だけをしている。人の心なんてあるわけがない。

「どのみち、私の手元には五百万クレール以上が手に入る。三ヶ月でこれなら、投資としては悪くない」

 その気になればいつだって踏みつぶせる。
 見下すような、そんな目をしていた。

「さあ、どうする?」

 これは問いかけの皮を被った命令である。どのみちけしかけてしまった以上、こちらはこれを飲むしかない。
 わたしはもう、悪魔に首根っこを掴まれている。

「分かった」

 首を縦に振って、頷いた。きっとこの男はアネットが音を上げると思っているのだろう。到底貴族令嬢なんかにはなれないと決めつけている。そのことも、どうしてだがたまらなく腹が立った。

「やってやろうじゃないの」

「契約成立だな」
 にたり、と男は片方だけ口角を上げて笑う。

「さて、私が支払った以上の価値を、お前は示してくれるんだろうな?」

 その歪みでさえ目を奪ってやまないのだから美形というのは本当に得だと、アネットは思った。
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