23 / 24
番外編:シルヴィオ視点
2.分かっていてほしい ※
しおりを挟む
「あんッ」
ゆるゆると馴染ませるために抜き差しを繰り返す。その度に襞が纏わりついてくる。どろりとした熱に包まれて、もう何も考えられなくなってくる。
「外そうか」
言外に含みを持たせて眼鏡に手をかけると、リリアーナの瞳がぶわりと揺れた。
「あ、はい……そう、ですね」
そうして彷徨った鳶色の目は敷布に落ちる。小さな手がそれをぎゅっと掴む。
最初の時、どうしていたのかを、シルヴィオはもう覚えていない。あの時は身の内を焼くような激情を持て余して、ただただ必死だった。けれどきっとどこかでこの眼鏡を外したのだと思う。それからもずっとそうしている。
けれど、これはどうだろう。一度大きく息を吐いて、シルヴィオは訊ねた。
「リリィ。どうした?」
「なんでも、ないんです」
リリアーナはあまり思ったことを言わない。それは彼女が口にするまでに多くのことを考えてしまうからで、そのやさしさに拠るものだ。首を横に振れば、茶色の髪が躍るように舞い遊ぶ。
ただ言ってくれればいいのにと思うのも事実である。なんでもないならこんな顔をしないだろう。
それがリリアーナの望みであるならば、この手が許す限りなんだって叶えてやりたいとシルヴィオは思っている。もっと信じてくれてもいいとも。
けれど、彼女には時間が必要なのだと思う。
己の願いを口にして、それに応えてもらう過程が。これは一朝一夕ではできないことで、そうやって信頼を勝ち取っていくしかないのだともわかっている。
「君は今何を考えている? 私はそれが知りたい」
待つのも、手を掛けるのもきらいではない。むしろこれはシルヴィオの領分だ。
数秒の逡巡のあと、リリアーナは口を開いた。
「その、見えると恥ずかしいのはそうなんですけど……ちゃんと見えないと、誰と、こうしているか、わからなくなる、気がして」
前にリリアーナが眼鏡を壊して掛けていなかった時、あの目はほとんど何も見えていなかった。
焦点をうまく結べないぼんやりとした目が不安げにゆらゆらと揺れた。繋いだその手をまるで縋るように握ってきた。
シルヴィオは目はいい方だが、それを彼女が恐れていることはよく理解が出来た。
ハの字に眉を下げて、それでもしっかりとシルヴィオを見据えてリリアーナは言う。
「ちゃんと、わかっていたくて」
リリアーナの手が、両頬に伸びてくる。この今、本気で心臓が止まるかと思った。
自分は考えていることがあまり顔に出ない質だが、決して何も思わないわけではないので。
可憐な指先が輪郭を確かめるように撫でていく。くすぐったいにもよく似たその感覚に、かっと血が沸騰するような気さえした。このまま彼女に狂ったように腰を打ち付けて、全てを貪り尽くしたい衝動に駆られる。
「ああ……そうだな」
けれど努めて平静を装ってそう返した。
「危ないですよね。外します」
ありったけの理性を総動員して眼鏡に手を伸ばしたリリアーナの手を止めた。
「いや、いい。掛けているといい」
「でも……」
その小さな手に触れて、包み込むように握る。
「っあ」
体を繋げたまま背に手を回して、抱き起こす。より深く感じるのだろう。リリアーナが高い声で喘ぎ、ぎゅっと目を瞑った。膝の上に確かに感じる彼女の重さが愛おしい。
「シルヴィオさま……?」
その目がゆっくりと開く。ぱちぱちと瞬きをする。再び焦点が結ばれた目が、眼前のシルヴィオを捉える。
「私も、分かっていてほしいだけだ」
そうだ、これから誰と何をするのかを、彼女にはきちんと分かっていて欲しい。その心と体に、分からせなければならない。
ゆるゆると馴染ませるために抜き差しを繰り返す。その度に襞が纏わりついてくる。どろりとした熱に包まれて、もう何も考えられなくなってくる。
「外そうか」
言外に含みを持たせて眼鏡に手をかけると、リリアーナの瞳がぶわりと揺れた。
「あ、はい……そう、ですね」
そうして彷徨った鳶色の目は敷布に落ちる。小さな手がそれをぎゅっと掴む。
最初の時、どうしていたのかを、シルヴィオはもう覚えていない。あの時は身の内を焼くような激情を持て余して、ただただ必死だった。けれどきっとどこかでこの眼鏡を外したのだと思う。それからもずっとそうしている。
けれど、これはどうだろう。一度大きく息を吐いて、シルヴィオは訊ねた。
「リリィ。どうした?」
「なんでも、ないんです」
リリアーナはあまり思ったことを言わない。それは彼女が口にするまでに多くのことを考えてしまうからで、そのやさしさに拠るものだ。首を横に振れば、茶色の髪が躍るように舞い遊ぶ。
ただ言ってくれればいいのにと思うのも事実である。なんでもないならこんな顔をしないだろう。
それがリリアーナの望みであるならば、この手が許す限りなんだって叶えてやりたいとシルヴィオは思っている。もっと信じてくれてもいいとも。
けれど、彼女には時間が必要なのだと思う。
己の願いを口にして、それに応えてもらう過程が。これは一朝一夕ではできないことで、そうやって信頼を勝ち取っていくしかないのだともわかっている。
「君は今何を考えている? 私はそれが知りたい」
待つのも、手を掛けるのもきらいではない。むしろこれはシルヴィオの領分だ。
数秒の逡巡のあと、リリアーナは口を開いた。
「その、見えると恥ずかしいのはそうなんですけど……ちゃんと見えないと、誰と、こうしているか、わからなくなる、気がして」
前にリリアーナが眼鏡を壊して掛けていなかった時、あの目はほとんど何も見えていなかった。
焦点をうまく結べないぼんやりとした目が不安げにゆらゆらと揺れた。繋いだその手をまるで縋るように握ってきた。
シルヴィオは目はいい方だが、それを彼女が恐れていることはよく理解が出来た。
ハの字に眉を下げて、それでもしっかりとシルヴィオを見据えてリリアーナは言う。
「ちゃんと、わかっていたくて」
リリアーナの手が、両頬に伸びてくる。この今、本気で心臓が止まるかと思った。
自分は考えていることがあまり顔に出ない質だが、決して何も思わないわけではないので。
可憐な指先が輪郭を確かめるように撫でていく。くすぐったいにもよく似たその感覚に、かっと血が沸騰するような気さえした。このまま彼女に狂ったように腰を打ち付けて、全てを貪り尽くしたい衝動に駆られる。
「ああ……そうだな」
けれど努めて平静を装ってそう返した。
「危ないですよね。外します」
ありったけの理性を総動員して眼鏡に手を伸ばしたリリアーナの手を止めた。
「いや、いい。掛けているといい」
「でも……」
その小さな手に触れて、包み込むように握る。
「っあ」
体を繋げたまま背に手を回して、抱き起こす。より深く感じるのだろう。リリアーナが高い声で喘ぎ、ぎゅっと目を瞑った。膝の上に確かに感じる彼女の重さが愛おしい。
「シルヴィオさま……?」
その目がゆっくりと開く。ぱちぱちと瞬きをする。再び焦点が結ばれた目が、眼前のシルヴィオを捉える。
「私も、分かっていてほしいだけだ」
そうだ、これから誰と何をするのかを、彼女にはきちんと分かっていて欲しい。その心と体に、分からせなければならない。
3
お気に入りに追加
377
あなたにおすすめの小説
責任を取らなくていいので溺愛しないでください
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。
だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。
※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。
※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。
勘違い妻は騎士隊長に愛される。
更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。
ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ――
あれ?何か怒ってる?
私が一体何をした…っ!?なお話。
有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。
※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。
伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る
新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます!
※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!!
契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。
※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。
※R要素の話には「※」マークを付けています。
※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。
※他サイト様でも公開しています
所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜
しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。
高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。
しかし父は知らないのだ。
ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。
そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。
それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。
けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。
その相手はなんと辺境伯様で——。
なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。
彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。
それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。
天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。
壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない
かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」
婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。
もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。
ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。
想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。
記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…?
不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。
12/11追記
書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。
たくさんお読みいただきありがとうございました!
獣人公爵のエスコート
ざっく
恋愛
デビューの日、城に着いたが、会場に入れてもらえず、別室に通されたフィディア。エスコート役が来ると言うが、心当たりがない。
将軍閣下は、番を見つけて興奮していた。すぐに他の男からの視線が無い場所へ、移動してもらうべく、副官に命令した。
軽いすれ違いです。
書籍化していただくことになりました!それに伴い、11月10日に削除いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる