引きこもり令嬢が完全無欠の氷の王太子に愛されるただひとつの花となるまでの、その顛末

藤原ライラ

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番外編:シルヴィオ視点

2.分かっていてほしい ※

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「あんッ」
 ゆるゆると馴染ませるために抜き差しを繰り返す。その度に襞が纏わりついてくる。どろりとした熱に包まれて、もう何も考えられなくなってくる。

「外そうか」

 言外に含みを持たせて眼鏡に手をかけると、リリアーナの瞳がぶわりと揺れた。

「あ、はい……そう、ですね」
 そうして彷徨った鳶色の目は敷布に落ちる。小さな手がそれをぎゅっと掴む。

 最初の時、どうしていたのかを、シルヴィオはもう覚えていない。あの時は身の内を焼くような激情を持て余して、ただただ必死だった。けれどきっとどこかでこの眼鏡を外したのだと思う。それからもずっとそうしている。

 けれど、これはどうだろう。一度大きく息を吐いて、シルヴィオは訊ねた。

「リリィ。どうした?」

「なんでも、ないんです」
 リリアーナはあまり思ったことを言わない。それは彼女が口にするまでに多くのことを考えてしまうからで、そのやさしさに拠るものだ。首を横に振れば、茶色の髪が躍るように舞い遊ぶ。

 ただ言ってくれればいいのにと思うのも事実である。なんでもないならこんな顔をしないだろう。
 それがリリアーナの望みであるならば、この手が許す限りなんだって叶えてやりたいとシルヴィオは思っている。もっと信じてくれてもいいとも。

 けれど、彼女には時間が必要なのだと思う。
 己の願いを口にして、それに応えてもらう過程が。これは一朝一夕ではできないことで、そうやって信頼を勝ち取っていくしかないのだともわかっている。

「君は今何を考えている? 私はそれが知りたい」
 待つのも、手を掛けるのもきらいではない。むしろこれはシルヴィオの領分だ。

 数秒の逡巡しゅんじゅんのあと、リリアーナは口を開いた。

「その、見えると恥ずかしいのはそうなんですけど……ちゃんと見えないと、誰と、こうしているか、わからなくなる、気がして」

 前にリリアーナが眼鏡を壊して掛けていなかった時、あの目はほとんど何も見えていなかった。
 焦点をうまく結べないぼんやりとした目が不安げにゆらゆらと揺れた。繋いだその手をまるで縋るように握ってきた。

 シルヴィオは目はいい方だが、それを彼女が恐れていることはよく理解が出来た。
 ハの字に眉を下げて、それでもしっかりとシルヴィオを見据えてリリアーナは言う。

「ちゃんと、わかっていたくて」
 リリアーナの手が、両頬に伸びてくる。この今、本気で心臓が止まるかと思った。

 自分は考えていることがあまり顔に出ない質だが、決して何も思わないわけではないので。

 可憐な指先が輪郭を確かめるように撫でていく。くすぐったいにもよく似たその感覚に、かっと血が沸騰するような気さえした。このまま彼女に狂ったように腰を打ち付けて、全てを貪り尽くしたい衝動に駆られる。

「ああ……そうだな」
 けれど努めて平静を装ってそう返した。

「危ないですよね。外します」

 ありったけの理性を総動員して眼鏡に手を伸ばしたリリアーナの手を止めた。

「いや、いい。掛けているといい」
「でも……」

 その小さな手に触れて、包み込むように握る。

「っあ」
 体を繋げたまま背に手を回して、抱き起こす。より深く感じるのだろう。リリアーナが高い声で喘ぎ、ぎゅっと目を瞑った。膝の上に確かに感じる彼女の重さが愛おしい。

「シルヴィオさま……?」
 その目がゆっくりと開く。ぱちぱちと瞬きをする。再び焦点が結ばれた目が、眼前のシルヴィオを捉える。

「私も、分かっていてほしいだけだ」
 そうだ、これから誰と何をするのかを、彼女にはきちんと分かっていて欲しい。その心と体に、分からせなければならない。
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