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番外編:ジェラルド視点

2.チェリーパイの行方

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「甘い」

「何よ、それ。お兄様はこんな美味しいものを食べてもそんな貧相な感想しか出てこないの。頭がどうかしているわ」

 思わず条件反射でそう返してしまってから、ロジータがはっとした。今更思い出してももう遅い。

「そうだな」
 幾分そっけないが久方ぶりの兄妹の会話である。ここに冷戦が終結した。ジェラルドはちょっとした感動を覚えて、心の中でぱちぱちと拍手をした。

「作ってくれてありがとう、リリアーナ。本当に美味しい」
 リリアーナに向かってそう言うシルヴィオの顔は、銀色の髪に隠れて角度的にジェラルドからは見えない。

「まあ、シルヴィオ様まで」

 けれど、リリアーナがさっと頬を赤らめたので大体の想像はついた。ついてしまった。

 婚約発表の折に、シルヴィオがリリアーナを抱き寄せたというのは有名な話だ。ジェラルドもその場にいたのだけれど、常に冷静沈着な彼のことだ。“引きこもり令嬢”とのそしりを受ける彼女の為に演出としてそうしたのだと思っていた。

 ただ眼前の光景を見るに、これはそうでもないのかもしれない。
 どうやらあの氷の王太子と呼ばれる彼が、普通に惚れている、らしい。

 この顔とこの身分だ。今までもシルヴィオを篭絡しようとした女性は星の数ほどいた。ジェラルドは同い年で彼の近くにいることが多かったのでその多くを見てきたが、大体の場合いっそ清々しいほどの一刀両断にあっている。そのうち彼は令嬢の間で遠くから鑑賞するものとなった。

 一体リリアーナはどんな魔法を使ったのだろう。
 そんなことを考えていたら、小さな手がちょいちょいと手招きしていた。

「あの、ジェラルドさん」
「はい。なんでしょう」

「三等分が難しかったので、パイを四等分にしたんです。一つ余っているので、食べませんか?」
 見るとテーブルの上には手つかずのパイが一つ残っている。

 さて、これはどうしたことだろう。

 見るからに王太子が溺愛していることが分かる女が手ずから焼いたパイに、おいそれと手を付けていいものだろうか。うっかり刺されたりしないだろうか。ジェラルドは自分を呑気な質だとは思っているが、避けられるものであれば修羅場は避けたい。

「どうした。お前は、私の可愛い妃が焼いたパイが食べられないとでも言うのか?」

 湖面のように凪いだ青い瞳がこちらを見遣る。同時にジェラルドは己の耳を疑った。

 えっ、今、可愛いって言った?

 これは、人は変われば変わるもの、である。

「さっさとしなさいよ、ジェラルド」

 二対の青い瞳に睨まれるともうどうしようもない。これを断ると今度はまた違う意味で王宮から追い出されかねない。

「あ、いえ。とんでもないです。今すぐ頂きます。ありがたく頂戴します」
 正解はこちらだったかと、ジェラルドは迅速にロジータの隣の椅子に腰を下ろした。

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