引きこもり令嬢が完全無欠の氷の王太子に愛されるただひとつの花となるまでの、その顛末

藤原ライラ

文字の大きさ
上 下
21 / 24
番外編:ジェラルド視点

3.月下の白百合から王宮の赤い薔薇へ

しおりを挟む
「すみません。それでは」
 美しく編み上げられたパイ生地の間から、チェリーの赤色が覗く。フォークを刺し入れるとさくりと音がした

「あ、本当だ。美味しいです」
 甘酸っぱいチェリーの味もそれを支える土台のパイもどちらも美味しい。ジェラルドは特段甘いものが好きというわけではないが、これはいい。

「でしょう」
 隣のロジータがなぜだか得意げな顔をする。こんな風に大輪の花のように輝くロジータを目にできる時間が、ジェラルドは一番好きだった。

 作った張本人はにこにこと「そう言って頂けると嬉しいです」と笑っていた。

「基本のパイを覚えてしまえば、フィリングを入れ替えるだけで色んな味が楽しめますよ。アップルパイとかも」
「アップルパイ……!」

 それを聞いてロジータの顔が一段と輝いた。それがロジータの大好物であるとジェラルドはよく知っている。

「お義姉様、それは本当に作れるの?」
「はい。ロジータ様もよかったら一緒に作ってみますか?」

 両手を胸の前で握りしめたロジータがぶんぶんと頷く。自分が心配することではないと分かっているけれど、これなら義姉妹の仲は安泰と言っていいだろう。

「やめておけ。ロジータが使う分の材料に失礼だ。お前は食べるだけにしておきなさい」

 涼やかな声は残りのパイを口に運びながらそんなことを言う。途端に目つきが険しくなったロジータは不機嫌を隠そうともしない。

「これだからお兄様は。お義姉様も、こんな人のどこがよかったの?」
 こんなことをシルヴィオがいる場で口にできるのは、世界でロジータだけである。いや、ジェラルドとて気にならないと言えば嘘になるけれど。

「えっと、そうですね……」
 リリアーナは顎に手を当てて思い悩んでいる。

「何か決め手があったのでしょう?」

「決め手なんてものはなくて」
 彼女がそう言った瞬間、シルヴィオが持っていたフォークが皿の上に落ちた。

 ことん、と金属の軽い音がする。それでも顔色が一切変わらないところはさすがというべきか。こんな彼をジェラルドははじめて見た。

「わたしなんかがおこがましいって思ったんですけど」
 口元で組んだ指を見つめながら、リリアーナは言う。丁寧に、言葉を選んでいるようだった。

「それでも、ずっと一緒に居たいなって」

 ああ、何も変わらないと思った。
 自分も、彼女も。

 ジェラルドはまだそれを許されてはいないけれど、いずれそうありたいと心の底から願っている。きっと、リリアーナも同じだったのだろう。

 リリアーナの隣に座るシルヴィオはそれを聞いて何もなかったかのように、フォークを持ち直した。怜悧な相貌は変わらないのに、それでもどこか嬉しそうに見える。

「それだけなの?」
 ロジータだけがこの中で、一人怪訝そうな顔をしている。あんなに輝いていた青の瞳が、俯き加減にゆらゆらと揺れた。

「大丈夫です。ロジータ様にもちゃんとわかりますよ」

 リリアーナはふわりと微笑みかけた。テーブルに置かれたロジータの手にそっと触れる。
 それは予言にも似た、確信に満ちた言葉だった。

「多分、そんなに遠くの話ではないはずです」

「そうなのかしら」
 ロジータだけが、この席に着いた者の中でを知らない。

「はい。きっと、すぐにわかります」

 そう返した鳶色の瞳が、ジェラルドを見た。「頑張ってくださいね。応援してます」

 もしかして、気づかれている?
 自分が八年間ひた隠しにしてきた、この感情が。
 そのために、自分はこの席に呼ばれたのだろうか。

 これは、ジェラルドには決してできない振る舞いで、おそらくシルヴィオとて無理だろう。全てをお膳立てして、リリアーナは控えめに笑っている。

 小柄で可愛らしい人だと思う。どこにでもいるような、いわゆる普通の貴族の令嬢だと思っていたけれど。

 これはなかなか、しなやかに強い。シルヴィオが彼女を選んだ理由が、ジェラルドには分かる気がした。

 ならば己がすべき返答はただ一つだろう。
「勿論です」

 誰にも渡さないと決めている。誰より眩しくて美しい人。
 その隣に在るために、ジェラルドは何一つとして己を惜しみはしない。

 一部始終を見ているはずのシルヴィオが口を挟むことはない。彼は素知らぬ顔で優雅に紅茶を飲んでいた。青い目はちらりとこちらを見るだけだ。

 この目に適う者になる。

「俺に、迷いはありません」
 ジェラルドは大きく頷いた。

 ロジータは三人の顔を見回して小首を傾げてみせる。

「どうしてここでジェラルドが出てくるのかしら。変なの」


 彼女がこの意味を知るのは、もう少しだけ先の話。
しおりを挟む
Wavebox 感想などお待ちしております!

感想 1

あなたにおすすめの小説

責任を取らなくていいので溺愛しないでください

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。 だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。 ※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。 ※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

英雄騎士様の褒賞になりました

マチバリ
恋愛
ドラゴンを倒した騎士リュートが願ったのは、王女セレンとの一夜だった。 騎士×王女の短いお話です。

【完結】妻至上主義

Ringo
恋愛
歴史ある公爵家嫡男と侯爵家長女の婚約が結ばれたのは、長女が生まれたその日だった。 この物語はそんな2人が結婚するまでのお話であり、そこに行き着くまでのすったもんだのラブストーリーです。 本編11話+番外編数話 [作者よりご挨拶] 未完作品のプロットが諸事情で消滅するという事態に陥っております。 現在、自身で読み返して記憶を辿りながら再度新しくプロットを組み立て中。 お気に入り登録やしおりを挟んでくださっている方には申し訳ありませんが、必ず完結させますのでもう暫くお待ち頂ければと思います。 (╥﹏╥) お詫びとして、短編をお楽しみいただければ幸いです。

獣人公爵のエスコート

ざっく
恋愛
デビューの日、城に着いたが、会場に入れてもらえず、別室に通されたフィディア。エスコート役が来ると言うが、心当たりがない。 将軍閣下は、番を見つけて興奮していた。すぐに他の男からの視線が無い場所へ、移動してもらうべく、副官に命令した。 軽いすれ違いです。 書籍化していただくことになりました!それに伴い、11月10日に削除いたします。

伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る

新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます! ※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!! 契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。 ※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。 ※R要素の話には「※」マークを付けています。 ※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。 ※他サイト様でも公開しています

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

処理中です...