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本編
12.夜の女王
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シルヴィオはランタンをテーブルの上に置いた。
長い指が示したのは、リリアーナが何もないと思った場所。昼間に何度も目にしたのに、まるで趣が違って見えた。彼のとっておき。
確かに、そこに花はあった。
それはまるでこの夜を統べる女王のように、たおやかに艶然と。
「ちょうどそろそろ咲く頃だと思っていたんだ」
やわらかな満月の光が、白い花弁を彩る。甘く上品な香りが、辺りに満ちる。
「月下百合。夕暮れから夜にかけてしか咲かない花だ」
花弁の広がりが、ひどく似ていた。
あの白銀のドレスに。
「たとえ誰にも見られることがなくても、そこで確かに咲いている」
ただ天上に輝くこの月の為に。
その気高さを、その淑やかさを。
「君のようだと思ったんだ」
リリアーナを見つめてシルヴィオが微笑む。
それはまるで、春風が吹いて分厚い氷が全て溶けていくようで。
ふわりとやわらかな笑みだった。
「私が一番、好きな花だ」
この人の目に、わたしはこんな美しいものとして映っていたのだろうか。
「そんなにつらい思いをしたのに、君は今日、ちゃんと夜会に来てくれた。適当な理由をつけて断ることだってできたのに」
シルヴィオが少し屈んだ。
ああ、そうだ。いつも彼はこうやって目線を合わせてくれる。
ちゃんと、わたしを見てくれる。
「リリアーナ」
底知れぬ闇を打ち払うような声が、己の名を呼ぶ。
「そもそも比べるようなものではないと思うが。君は目端が利くし、人の為に言葉を選んで口にできる人だ。それは紛れもない、得難い美点だよ」
小さなこの両の手を、彼はぎゅっと握る。
「誰にも劣ってはいない。私が保証する」
「わたしは、わたしを知らないだけ……」
青い瞳は、確かな強い意志を持って頷いた。
名前のある花。
誰かに選んでもらえるものにずっとなりたかった。
それを全てシルヴィオが教えてくれた。
大きな手がリリアーナの頬を拭っていく。自分はまだ泣いていたのか。その指先はどの花に触れる時よりも繊細で、やさしかった。
「すみません。もう、大丈夫ですから」
これは悲しい涙ではないけれど、いい加減もう泣き止まなければ。これ以上、シルヴィオに迷惑を掛けてはいけない。
「大丈夫、か」
それでもどうしてだろう。涙が止まらない。ごしごしと顔を拭っていたら、仏頂面に手を引っ張られてそのまま腕の中に囲い込まれた。
「君の『大丈夫』は信用ならない」
澄んだ水辺のような匂いがする。シルヴィオが好んでつける香水なのかもしれない。
「気が済むまで泣くといい。だいたい君は我慢が過ぎる。もっと色んなことを好きにしていいんだ」
胸板に手を置けばシャツ越しに、確かな拍動を感じる。それに合わせる様に、ぽんぽんと背中を叩かれた。
この体温は、あたたかい。
リリアーナが泣き止むまで、シルヴィオはずっとそうしてくれていた。
長い指が示したのは、リリアーナが何もないと思った場所。昼間に何度も目にしたのに、まるで趣が違って見えた。彼のとっておき。
確かに、そこに花はあった。
それはまるでこの夜を統べる女王のように、たおやかに艶然と。
「ちょうどそろそろ咲く頃だと思っていたんだ」
やわらかな満月の光が、白い花弁を彩る。甘く上品な香りが、辺りに満ちる。
「月下百合。夕暮れから夜にかけてしか咲かない花だ」
花弁の広がりが、ひどく似ていた。
あの白銀のドレスに。
「たとえ誰にも見られることがなくても、そこで確かに咲いている」
ただ天上に輝くこの月の為に。
その気高さを、その淑やかさを。
「君のようだと思ったんだ」
リリアーナを見つめてシルヴィオが微笑む。
それはまるで、春風が吹いて分厚い氷が全て溶けていくようで。
ふわりとやわらかな笑みだった。
「私が一番、好きな花だ」
この人の目に、わたしはこんな美しいものとして映っていたのだろうか。
「そんなにつらい思いをしたのに、君は今日、ちゃんと夜会に来てくれた。適当な理由をつけて断ることだってできたのに」
シルヴィオが少し屈んだ。
ああ、そうだ。いつも彼はこうやって目線を合わせてくれる。
ちゃんと、わたしを見てくれる。
「リリアーナ」
底知れぬ闇を打ち払うような声が、己の名を呼ぶ。
「そもそも比べるようなものではないと思うが。君は目端が利くし、人の為に言葉を選んで口にできる人だ。それは紛れもない、得難い美点だよ」
小さなこの両の手を、彼はぎゅっと握る。
「誰にも劣ってはいない。私が保証する」
「わたしは、わたしを知らないだけ……」
青い瞳は、確かな強い意志を持って頷いた。
名前のある花。
誰かに選んでもらえるものにずっとなりたかった。
それを全てシルヴィオが教えてくれた。
大きな手がリリアーナの頬を拭っていく。自分はまだ泣いていたのか。その指先はどの花に触れる時よりも繊細で、やさしかった。
「すみません。もう、大丈夫ですから」
これは悲しい涙ではないけれど、いい加減もう泣き止まなければ。これ以上、シルヴィオに迷惑を掛けてはいけない。
「大丈夫、か」
それでもどうしてだろう。涙が止まらない。ごしごしと顔を拭っていたら、仏頂面に手を引っ張られてそのまま腕の中に囲い込まれた。
「君の『大丈夫』は信用ならない」
澄んだ水辺のような匂いがする。シルヴィオが好んでつける香水なのかもしれない。
「気が済むまで泣くといい。だいたい君は我慢が過ぎる。もっと色んなことを好きにしていいんだ」
胸板に手を置けばシャツ越しに、確かな拍動を感じる。それに合わせる様に、ぽんぽんと背中を叩かれた。
この体温は、あたたかい。
リリアーナが泣き止むまで、シルヴィオはずっとそうしてくれていた。
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