引きこもり令嬢が完全無欠の氷の王太子に愛されるただひとつの花となるまでの、その顛末

藤原ライラ

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本編

5.秘密の温室

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「聞きたいことがあれば何でも聞いてくれて構わない」
「はあ」
「不安材料があるのに婚姻というわけにもいかないだろう」

 今日も向かいに座るシルヴィオはそう言うのだが、リリアーナは何を尋ねていいのかわからなかった。
 何か穏便かつ彼を傷つけずに断る理由が欲しい。

 けれど一体何があるというのだろう。相手は完全無欠の氷の王太子である。
 貴族学校の成績はすこぶる優秀で、武芸にも秀でていたという。加えてあの顔だ。女子は皆彼に恋焦がれていたようなものだが、浮ついた噂は一つもなかった。

 朝議では大臣達の申し出に理路整然と返すらしい。欠点らしい欠点なんて探しても見つからない。強いて言えば完璧すぎることぐらいか。

 と思ったところで閃いた。
 趣味が合わないというのはどうだろう。

 国王陛下は若い頃から乗馬が趣味だったらしいが、シルヴィオの趣味については聞いたことがない。それを聞き出して何か決定的に合わないところがあれば、それは正当な理由になるのではないだろうか。
 リリアーナは生粋のインドア派である。シルヴィオの趣味がアウトドアなものなら、断りやすい。

 絶対に、趣味を聞き出して婚姻を断ってみせる。
 いつも逃げ腰のリリアーナにしては珍しく、この時はやる気に満ち溢れてそう思ったのだった。

「あ、あの、殿下のご趣味は?」
「趣味、か」

 一瞬、湖面のような青い瞳が揺らいだ。すっと外された視線がテーブルに落ちる。

「すみません、不躾に」
 よほど何か聞いてはいけないことだったのかもしれない。誰にだって知られたくないことの一つや二つはある。

「いや、何でも聞いていいと言ったのは私だ。分かった。案内しよう」

 答えるが早いか、すらりとした痩躯は歩き出していた。

 どこに案内されるのだろう。何かとんでもない収集癖でもあったらどうしよう。例えばそう、骸骨とか剥製とか。人の趣味にけちをつける気はないが、そういうのを見るのはあまり得意ではない。

 考える間もなく、迷路のような庭園の更に奥まった区画にシルヴィオは入っていく。おそらく王族しか入れないようなところだ。ついていくのが恐ろしくなってきたけれど、元のテラスに一人で戻れるとも思えなかった。すごすごとシルヴィオの三歩後ろを、リリアーナは歩く。

 明るくなったと思ったら、ガラス張りの建物が目の前にあった。

「これが、私の趣味だ」

 太陽が燦燦と差し込む温室の中に所狭しと花が咲いていた。

 シルヴィオはやはりリリアーナから顔を背けて言う。まるで何か恥ずかしい秘密でも口にするみたいに。

「花を育てるのが、趣味なんだ。入ってくれ」
 促されるままに温室に入る。見回せば、広がるのは一面の緑と色とりどりの花。爽やかな緑の匂いの中に芳香が混じる。

 何がいけないというのだろう。
 想像していたより、ずっとずっといい。
 どんなところでも緊張しがちな自分が、はじめて来る場所なのになぜだか落ち着くような気さえする。

「なんてことはない」
 丸い薄桃色の花にシルヴィオの手が触れた。長い指は慈しむようにその花びらをそっとなぞった。

「これは余計なことを聞いてこないし何より話しかけてこない。私がただ、自分の我儘と自己満足のために、集めているだけなんだ」

 伏せられた長い睫毛が頬に影を落とす。

 そこにいるのは、氷の王太子ではなかった。話に聞くシルヴィオは完璧な王子様で、決してこんな迷子の子供のような目をするような人ではなかったのに。

「すてき、だと思います」

 気づけば口をついていた。思っていることを言うのはあまり得意ではない。現に紺色のドレスを掴んだ自分の手はわずかに震えていた。

 それでも、伝えるべきだと思ったから。

「ちゃんと手を掛けているからこそ、こちらの花はみんな咲いていられるのだと思います」

 大切にされているのだろう。どの花も競うように咲いて誇らしげに見えるほどだ。整えられた葉も枝も、全て手間と時間をかけたからだ。

「何かひとつ大切にできる人は、きっと他のものも大切にできる人、です」

 最後の方は、まるで自分に言い聞かせるような言葉だった。ただリリアーナがそうありたいという、それだけだった。

 シルヴィオがこちらに向き直る。斜めのガラス屋根を通った日の光に、銀の髪はまたきらきらと輝いた。

「そうか」
 花びらを撫でた指先が、伸びてくる。思わず目を瞑ってしまったら、そっと肩に手が触れた感触があった。

 恐々目を開けると、その手はリリリアーナの肩に落ちた葉を取ってくれていた。それだけだった。

 ほんの少し、ほんの少しだけ、涼やかな目元がやわらかくなって、

「君は、やさしいな」
 シルヴィオは微笑んだ。手のひらに舞った綿雪が溶けるような、そんな笑みだった。

 それを見て、リリアーナは自覚する。
 ああ、今度こそ断ろうと思っていたのに。
 そんな顔を見たらまた、断りづらくなってしまった。
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